第178話 赤い赤い

 口が挟めるのなら、怒鳴りつけたい。

 嗤いあうのは勝手だ。

 だが、お家騒動に巻き込まれるなど御免だ。

 けれど..もしも、これが辿るべき道だとしたら?


「勿体なくも、御来訪を頂き、こちらも相応しき饗応きょうおうを用意したい。

 その暫くの間、使者殿にはご滞在を願いたいのだ。

 何、もし貴殿が無理ならば、そこな子供らの身を休めるだけでも良い。」


 私が反駁はんばくするのを見越してか、サーレルは笑うと答えた。


「それでよいと?

 私がこのまま戻り、ありのままを監督府へと伝えますが?」


 それに侯爵は頭を振った。


「勿論、少し、領地を案内し良き名物などを饗したいとは思う」

でよろしいので?」


 それに侯爵は疲れたのか目を閉じた。


「医者が言うには、あと二月はもつまいという話だ」


 それにサーレルは沈思ちんしした。

 部屋に置かれた炭の鉢だけが温もりを伝え、小さな音をたてている。

 そうして考え込んだ後、サーレルはふっと顔をあげた。


「指示を一度仰ぎます。伝令をお借りしても?」


 陽射しがかげるような気がした。


 ***


 焼き菓子には蜜がたっぷりとかかっていた。

 サーレルは、カーンへの手紙を書いている。

 そして私とエリの前には、焼き菓子と茶。


「どうした、食べてもよいのだぞ」


 存外、子供に優しいのか、侯爵が気をつかって勧めてくる。

 なら、お家騒動に巻き込むなと言いたい。

 けれど、これもまたシュランゲの出来事と関係があるならば、とも思う。

 無関係の訳がない。

 だが、それとは別に、今差し迫った問題が目の前にある。

 エリが、私の手を握りしめてきた。

 見ると、彼女も菓子と茶を見ている。

 そして険しい表情を浮かべると、彼女は私と目線を合わせた。

 エリが頷く。

 私は困惑と落胆を押し殺し、エリに恐る恐る確認した。


「駄目なの、見える?」


 それには首を振って否定が返る。

 彼女は自分の鼻を指さした。


「匂う?」


 頷くエリに、私も頷き返した。


「私は見えるんだ。どうしようね」


 繋いだ手を膝に置くと、二人して菓子と茶を眺める。

 侯爵には、遠慮しているように見えるのだろう。

 不思議そうな視線をもらう。


 赤い。


 お茶の湯気に、うっすらと色が踊っている。

 液体が赤いのではない。

 赤い文字がゾワゾワと虫のように茶に混じっている

 だが、これは私に見える例の文字であって、万人には見えていない。

 エリは、嗅ぎ分けられるようだが。

 種族としての特性か、私は宮の洗礼のおかげか。

 菓子も、駄目そうだ。

 目を凝らすと蜜にまじって赤いモノが溢れていた。

 いったいこれは何だ?

 宮では、人形ひとがたや紋様であった。

 今見えるのは文字だ。

 古い文字だ。

 複雑な形に絡んでうごめいている。

 意味は拾えない。

 宮の壁紙にも似ていた。

 呪術だろうか、死霊術ではないのか。

 どちらにしろ、食べられそうもない。

 どうしたものか。

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