第339話 貴方の生きる小さな世界 ②

 侯爵は約束を守るだろう。

 エリは、地の神の加護を得た子供だ。

 それだけではない。

 侯爵自身の慰めでもあるのだ。

 エリに家族ができた。

 そう考えていいようだ。


「シュランゲの加工技術は、失伝した。

 残念な事だが、人も技術も失われた。

 我が領地は、国と神殿の調べが入る。

 毒物や人死に関しても、我らの手から離れた。

 今暫くは、我への処罰は見送られている。

 この地域の復興と領地支配を続けよとの命も、公王陛下より下された。

 ありがたいことである。

 毒物の元、出回る先の調査、加担した者共らの事。

 その大本は、アイヒベルガーであるのは事実。

 一族郎党処刑当然のところを、公王陛下の慈悲にての差配である。」

「まぁ倒れられても、この地域全体の治安が悪くなるだけだしな」


 と、祭司長は供されたお茶を飲み、言葉を引き継いだ。

 ここはフリュデンの公会堂。

 生き残りが集まり、簡易の行政を敷いている場所だ。

 侯爵は奥にある小部屋にて、祭司長との話し合いをしている。

 すでに武装は解かれ、その姿は欠けた左の手首を布で巻く痛々しいものだ。

 しかし、顔色も良く負傷の影響は見えない。


「暫くは、神殿預かりで侯爵の領地に神官を入れる。

 侯爵には申し訳ないが、復興の前に地ならしだ。

 領地の施設や遺跡、このトゥーラアモンを含めての差配地域全てに検地を行う。

 徹底的に人と土地、物、全部に手を入れ記録させてもらうよ。

 人別は神殿経由で国に提出、検地後の領土地図もだね。

 軍部には、化け物の死骸で満足してもらうつもりだ。

 これなら支配権にも響かない。

 これでも神の使いだからね。

 公王みたいに、全部はむしり取らないよ。」


 それに侯爵は頷き、二人は冗談でも聞いたかのように笑った。

 笑い、偽善と虚飾を確かめあうと握手を交わす。

 そうして二人は悪巧み..ではなく話し合いに移った。

 どうやら話し合いは長くなりそうなので、カーンと共に席を外す。

 未だにカーンは私を運んでいた。

 イグナシオは神殿騎士のかわりに祭司長への背後に控え残る。

 他のカーンの仲間はいない。

 当然だ。

 彼らは忙しい。

 そしてもちろん、カーンもだ。


「よろしかったのですか?」


 本来の仕事がカーンにもある。

 私を運ぶのは、祭司長の命令だからだ。

 だが、そこまで考えて、その命が何のためであるかを思い出す。

 私の立場は、保護という名の虜囚だ。

 神殿が調べなければならない者である。

 カーンが持ち運ぶのは、紐がわりだ。


「少し、話すか」


 と、考えを読んだように、人の気配が少ない方へと順路を外れた。

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