第338話 貴方の生きる小さな世界
「俺には、小蛇様にも普通のお姿にも見えなかったのさ。おかげで寿命が縮んだね。」
それから彼は私に向かって頷き、わかるかい?と続けた。
「神がいる。
と、俺の言葉を受けて、カーンもライナルト卿も見る事ができた。
君は、お友達が優しい方だとわかっている。
だから白い小蛇のお姿にも見えたし、その姿は親しみやすいものだ。
そして私の場合は、神聖教の祭司長だ。
異教の神に対する考えの殆どを、畏怖がしめている。
故に、私達は違う姿を見る。
これが豆の法則という奴だ。
同じモノを見たはずなのに、それぞれの考え方や信じる事で、違うように見えてしまう。」
「で、お前は、何に見えたんだ?」
カーンの問いに、祭司長は答えなかった。
***
トゥーラ・ド・アモン・アイヒベルガーは、その長い人生の中で、一番に生き生きとした時間を過ごしていた。
本人の言なので間違いない。
引退と自死を考えていた侯爵は、死にかけた事により復活した。
そこに気鬱で厭世的な長命貴族の姿はない。
混乱と狼狽に揺さぶられ、全てが滑稽に見えるのだろうか。
己の古都は壊滅し信じていた全てが崩れ去った。
残るのは、奇妙な明るさと笑いだけのようである。
彼は私達を迎え入れ、エリを医者に引き渡す間も、頬は笑いを留めていた。
気が触れた。と、いう笑いではない。
ただ、この世がすべて滑稽な喜劇か冗談であるかのように、楽しげなのだ。
むろん何を失ったのかを知っていれば、彼の笑いの意味は推測できた。
ただ何も知らぬ者には、彼が元々朗らかなのか、単に己が領地が焼け野原になって気が触れたのか区別できないだろう。
「あの子は、我が引き受けよう。
いずれこの地にて家族を作り、根をはり生きられるように。
もちろん、残されるは困難のみのアイヒベルガーである。
それでもよければだが。
よければ、ナルトリアの名を与え、青馬の氏族とする。
如何か?」
侯爵は、私に向けてそういうと唇を引き上げ笑った。
「我名は、ダイレイ・リドニアである。
リド・ニアとは、二番目という古い言葉である。
そしてナ・ルトリアは、始めという意味だ。
我らが前の者という意味になる。
故に与えるというよりも、戻すが正しい。
これを神殿へと届け出る。
神に誓い、奪わぬ権利とする。
まぁ愚か者の、神への命乞いであるな。
ほんに愚かであるが、それで何かを子に科す訳ではない。
我らは今まで通り、この地を支配し繁栄を目指す。
健やかに子らが生きられるように、神の怒りに触れぬようにな」
泣くことは許されぬ。
と、侯爵は笑い続けた。
「我もな、ただの爺になって喋るのが楽しいと思っていた。
だから同じ氏族として側に置けば、日々愉快であろうと思う。
子供を膝に乗せていると重苦しい心が軽くなる。
そう、あの子供の話に出てくる友とやらは、愉快なものであった。
ん?
あの子供とどうやって喋るのか?
皆、何を言っておるのだ?
最初から、お喋りをしておるではないか。
小鳥のさえずりが如く、それはそれはお喋りであろうが。
子供らしくて良いことだと、我は思っておるぞ」
何の事は無い。
侯爵は、エリとお話できていたのだ。
不思議ではない。
彼もまた、エリと同じく誓約に囚われた者だ。
彼が喰われなかったのも同じ。
祭司長が言う、神の呪いとは愛に同じなのだろう。
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