第544話 分水嶺 ②

「もうひとつ気になる事があります。

 記章の名です。

 姫の死後に送られた筈の記章です。

 ですが、姫の名は、コルテスのままでした。」

「政治的な意図だろうさ」

「その政治的な考えで、姫の婚姻は解かれたのでしょう。

 ならば、記章は、ニコル・エル・オルタスではないのでしょうか?」

「まぁそうだが、オンタリオ公主だしな」


 公王直轄地オンタリオ公主、ニコル・エル・オルタス。

 死者へ贈与された土地だが、実質は水源地でありコルテス管理の土地だ。

 ニコル公主の墓である為、所有権を争うべき相手も国そのものになる。

 故に、ここにコルテスの名を出す事は、政治的には逆によくないはずだ。


 私の問いに、カーンは暫し考え込んだ。


「辻褄があわねぇが、何も考えなければ答えは簡単だ」

「どういうことですか?」

「婚姻は無効になってないし、姫の死後、コルテス公は妻の座も死者に残しているって事だ。

 未だにニコル姫の夫と呼ばれているんだ。不思議じゃねぇ。

 と、まぁ当事者に聞かねぇと、本当のところはわからんがな」


 ***


 墓が見える岸辺、その岸辺で乾いた場所を探す。

 岸辺の北東側には、踏み固められた道がある。

 その道らしき物のところが丸く開けていた。

 そこで野営の準備を始める。

 まだ陽射しは午後を回ってもいない。


「この道は、何処へ続いているのですか?」


 やはり、私の側にはザムが立っている。

 山猫がいるので、カーンが側にいない時は、この男が警戒にあたるのだ。

 それに当初は、ミアが難色を示した。

 一度取り逃がした奴では駄目だと。

 しかし、カーンの指名だ。

 最後にはミアが折れた。

 折れたが、しくじったらお前を殺す(もちろん比喩、のはず)と彼女はザムに宣告。

 なんというか、別に山猫を仕留めなくてもと、お願いした。

 雰囲気が怖すぎるし、追い払うだけで十分、何しろこっちは似非の身だ。守ってもらうのもおこがましい。

 なのに結果、絶対に山猫を殺す。と、今度はザムが宣言。

 目がつり上がって顔が怖い、どうしよう。


「コルテス内地へと続く山道に繋がっているはずです。

 このあたりの湖沼を抜けて高地山脈に連なる山が間にありますから、東廻りの街道とは違って中々険しいでしょうね。

 たぶん、馬車一台、やっと進めるかという獣道でしょう。

 どちらかと言えば、河川を船で進み、このオンタリオ周辺で避暑を楽しむのが普通でしょう。」


 と、表情とは違って丁寧な返事をくれた。


「コルテス側の墓守は、内地からこの道を下って巡回するようですが」

「放置はしていないのですね」

「北に向かえば、コルテスの森です。

 比較的緩やかな傾斜と植生が豊かな森で、コルテスの猟場としては最大だとか。

 狩猟解禁時以外は、封鎖されています。

 ただ、内地とは違い、街などは無く、森林を管理する村があるそうです」

「では、山猫の事をお知らせせねばなりませんね。

 人にも危険ですが、猟場が荒れてしまいます」

「..確かに。少集落の家畜も襲われては下々も苦労するでしょう」


 そんな話をしているうちに、野営の準備は整っていた。

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