第102話 幕間 忘却の荊
道は使い込まれた跡があった。
多くの人が行き来した轍もある。
静寂に支配された街は、何処か遠くの写身のようだ。
人だけが消え去った後にも見える。
空が見たいと顔をあげても、そこには星も光りも風もない。
なんとも虚しい場所だ。
時々出てくるのは、溶け腐った人間の残骸か化け物だ。
それも娘を担いだカーンを眺めるだけで近寄ってこない。
それはそれで、男の心を鬱ぐ。
空転する頭の中、形になるものが本当のような気がするからだ。
思って厭な気分だ。
正直、彼に恐怖は無い。
痛みが辛いのは当たり前。
死に様が汚いのもいつもどおり。
少し狂った場所にいるが、今まで生きてきた場所とどこも違わない。
ただ、何か大切な事を失いそうで不安だった。
随分と久しぶりの感情だ。
だから外面が取り繕え無い。
真面目くさったつまらない顔をしているだろうと彼は思った。
背中の娘の背負う位置を直しながら、その体が冷えていない事を確かめ思う。
そうして石の町をどれほど歩いたろうか。
踊らされた男の首は、おとなしく腰にある。
付き従った者、騙された者、信者たち、それらの生き死には彼の仕事ではない。
だから、それらが逃げようと死のうと、邪魔さえしなければどうでもいい。
処理の依頼は二人。
もう一度、準備をしなおして戻らねばならない。
戻れたらな。
カーンはともすれば、ぼやける思考を拾い集める。
どうやったら、あのまやかしが斬れるのだろうか。
まぁ腐った死体は焼けばいい。
今度は大量の油薬を持ち込んで、いや、何を馬鹿な事を考えているんだ?
何を?
「宮の呪いが解けたのではない」
「誰だ?」
道の先に、忽然とソレはいた。
カーンには、出現した瞬間がつかめなかった。
肩幅に開いた足。
細い剣が腰にある。
古めかしい装束は、北の男の装いだ。
長い髪を一つにした壮年の男。
相対するその男の顔は、誰かに似ているとカーンは思った。
何処かで見たことのある顔だ。
細面の暗い表情の男で、目の色は薄い水色。
長命種の貴族と言えば、そうとも見える。
「さて、宮の主が裁定を伝える」
男の声にも聞き覚えがあった。
「貴様は忘れる。
受けた恩も、娘の運命も忘れる。
これがお前の罪に対する罰だ。
軽い罰に思えるか?」
口を挟もうとするカーンを睨むと男は怒鳴る。
「それは娘が、お前の罪を背負って戻されるからだ。
お前が選ぶ道により、娘の末路は決まるだろう。
貴様が思うより、娘は憐れな末路を辿るだろう。
貴様は、忘れて愚かに生きるがいい。
この会話も消える。
そして手遅れになった時、貴様が思い出す事を願う。
思い出し、絶望する事を願う。
呪われろ、卑しい獣よ、呪われろ」
「ナリス、か」
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