第355話 群れとなる (中) ⑤

 扉が開く。

 室内に入って来た男は、無遠慮に部屋を眺め回した。

 大きな男、獣人だ。

 背格好はカーンと同じぐらいだ。

 けれど、この男の出で立ちは、とても変わっている。

 短い赤毛が吹き散れるような髪型に顎髭の若い男である。

 ここまでならば都らしい衣服に身を包んだ男で終わる。

 彼がひときわ変わって見えるのは、耳飾りの複数下がる両耳に、鼻翼に穴を開けた痛そうな装身具、きわめつけは唇と舌にもそれがある事だ。

 どうみても堅気の気配がしないのだが、男は私を見ると、ヘラっと笑った。

 ヘラっと笑うと、何とも情けない表情を浮かべる。

 そうすると何だか恐ろしい感じが失せた。

 同じ大きさのカーンが、同じように扉を開けて立っていたら、こんな雰囲気には絶対ならないだろう。


「ねぇ、ちょっと外に出てきてもらえるかなぁ?」


 少し高めの声で、特徴的な発音だ。

 たぶん、カーン達が喋る共通語に似ている。

 元々の言語が違うからだろうか。

 問いかけに対し、私は慎重に男の様子を伺った。

 男の腰には、中型剣がある。

 都内で武装しているのは、軍関係者などの特別な者か、犯罪者だ。


「旦那は誰です?」


 当然の問いに、赤毛の男は又もヘラっと笑った。


「いやぁ俺、ただの使用人ね。

 偉い人がね、来てんだけど。

 ここの人がぁ会わせてくれなくてねぇ、で、偉い人がね、面倒くさいから自分から来るって、馬鹿なこと言い出しちゃってねぇ、酷いよねぇ〜、で、来たんだぁ」


 よくわからない。

 だが、武装した相手に逆らう訳にもいかない。

 私は形だけ開いていた書物を閉じると、何とか立ち上がった。

 未だ、添え木もとれていない。

 杖は無いが、室内では伝い歩きで十分だった。

 手洗いさえもあるので、うっかりしていた。

 今度、杖を手配してもらわねば。

 不器用によろよろ歩くと、見ていた男が何か言おうとして一旦口を閉じた。


「申し訳ないが、足が未だ不自由でお待たせする事になるかと。

 それをお待ちの方にお伝え願えないだろうか」


 少し息も切れた。

 全く情けない。


「あぁ、いいよいいよぉ。もともと無理言ってんの、こっちだしねぇ。

 ちょっと呼んでくるわ」


 と、扉を開けたまま出ていってしまった。

 立っているのも辛くなる頃、再び、言い争う声が聞こえた。


「殿下っ、ふざけるのもいいかげんになさい!

 職務?

 嘘おっしゃい、婆に嘘は通用しない事はよくわかっているでしょう。

 怒るな、ですと?

 いいえ、怒るより呆れているのです。

 その性根を叩き直すためにも、侯爵様には折檻していただきますからね」

「ぜひ、折檻してほしいっすよぉ〜はいはい、わかってますって」


 やがて怒鳴る声が再び遠ざかると、訪問者が訪れた。

 先程の男と、年若い長命種。

 顔は、面紗で覆われて見えない。

 少し滑稽に見えるのは、巫女頭様に髪の毛を毟られたようで、髪型が乱れ突拍子もない方向に突き出ているからだろうか。

 それでも服装から、高位の貴族である事が伺われた。


「こんにちは、お嬢さん。コンスタンツェ・ハンネ・ローレと言います。ちょっとお聞きしたい事があり、訪問させていただきました。

 扉は開いたままにし、付添は、この護衛のオロフがいますので、気を楽にしてくださいね。

 なに、すぐにすみますから、私の用事なんて、あっというまのことですよ。ちょっとお話するだけですのでね」

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