第688話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)後編 結
解錠作業は、軍部にて試行錯誤を行うも不慮の事故が多発し断念。
素材分析を高度な軍事用分析機材にて行う。
材質に関しては、人皮と判断され金属部分も何ら不可思議な物質ではなかった。
ただし、解錠に関しては、合鍵の作成を断念する。
この作業にて死傷、及び精神疾患による廃人化が二桁に至り、後に中央神殿への助力を乞う。
中央神殿神殿長はひと目見て、封印の処置をとった。
曰く、遺物としては、
曰く、扱いが難しく、神力を持つ新官位の者が手を触れるも鑑定させるも、絶対にしてはならない。
曰く、無闇に解錠、または手に取る事は禁忌であり、それに対する報復の範囲は不明である。
そして、この物品は、対となる鍵によって解錠すべき物であり、また、所有するべき者の手に渡らねばならない。
所有するべき者が発見できない場合は、封印のまま中央神殿に戻す事。
鍵のみが発見できたとしても、解錠はせずに、これも又中央神殿へと戻す事。
これが軍へと再び品を差し戻しての忠告である。
なぜ、神殿にてこの遺物を保存しないのかについては。
曰く、所有するべき者を見つけさせる為に、東マレイラにて巡業を行う事との返答である。
少なくとも、この巡業によって発見されるべき鍵は、引き寄せられる事確実。
また、所有するべき者への道筋も開けるとの、御託宣であった。
神殿の威光によって信じろと言われても、この提案を受け入れるには些か抵抗はあった。
しかし、現実を無視するには、コレによって死傷者も出ている。
ましてや、この代物が本当は何であるのかを、公王と神殿は理解しているようであった。
この暗黙の了解は、貴族、元老院にとっては恐怖でしか無い。
益の無い話に決まっているからだ。
ならば、公正と言われる神殿長の御託宣に従ったほうが、
等という政治的な話は、元老院の犬である誰かの言だ。
さて、この発見物によって、東マレイラ殲滅・浄化作戦は一時中止となる。
それが永遠に停止されるか否かは、現段階では様子見であるが、ほぼ確定。
また、コルテス公本人の生存が確認された事も加味されていた。
コルテス公爵は城塞に収容後、水晶通信により、公王へと直接対話を行った。
元老院以下、この会話の内容は秘匿されている。
ただ、この後は、東マレイラを焼き払う提案は下火となった。
どちらにしろ、これ以上の不毛な土地を作り出すような大規模な殲滅や浄化が荒廃を抑え、腐土領土の二の前にならぬとは断言できなかったからだ。
***
イグナシオは、関を、人の残骸を焼きながら思う。
神が与えてくれた安らぎに報いる為には、いつか腐土を焼きに行かねばならない。
力を得、必ずや命潰えるまでに、道連れにし清めねばと思う。
地平線を埋め尽くす、亡者の群れに火を放つのだ。
焼いて、焼き尽くして、己をも焼き払うのだ。
だがそれも、他に焼き尽くすべきモノがなくなってからだ。
命を費やし、焼き払うのだ。
死を与えられるには、まだまだ、たりないのだ。
まだまだ、父母を、兄弟を、友を、愛していた全てを、焼き殺した報いにはたりないのだ。
憎しみよりも絶望が深く、生きる事が恐ろしいと思った自分を、奮い立たせ押し出したのは、絶対に揺るがぬ価値観だ。
揺らがない硬直した価値観に己を委ねた。
弱いからこそ、信じた。
だから、死は怖くない。
怖いのは、死の定めを汚すモノども、神の与える慈悲を奪うモノ。
慈悲を安らぎを否定する。
眼の前の、すべてだ。
だから、
槍を口から突き通し、頭部を横に裂く。
頭蓋は骨の破片と中身を撒き散らした。
断面は焦げているので、虫の溢れ方も遅い。
死体を蹴り飛ばし、次に飛びかかってきたモノを、肩口の小盾で押し返す。
その少しの間に槍を引き寄せ一閃し、後ろの敵の旨を潰した。
女に喰い付こうした一匹を、頭部を掴むと引き剥がし、その向こうで年寄りに馬乗りになっているモノへと槍を飛ばす。
すると後ろを追っていた部下が、手斧で引き剥がした敵を隙かさず絶命させた。
それから槍を手放したイグナシオに、担いでいた機械弓を差し出す。
いつも通りの手慣れた仕事ぶりだ。
神への献身も素晴らしい。
うむ、と受け取り、火薬矢が装填されたそれを構える。
部下は、そのまま油薬を投げつけながら、イグナシオの槍を取りに走った。
「後ろに下げろ」
それらとは別の、女や年寄りを担ぎ上げる部下達を後ろに下げる。
イグナシオはゆっくりと狙いを定めた。
関の境界壁の上、もがき苦しみ死後の辱めを受ける姿がある。
だから、
天に剣を掲げ、穢を我が身で押し返す。
この世の何もかもが、至る時の為の試練だ。
眼の前の汚濁を消す。
それが使命。
焼いて、消し去るのみ。
これが至る為の道だ。
唯一の許しの道である。
落下する姿は、瞬く間に炎に包まれた。
イグナシオは再び槍を受け取る。
朝陽がのぼるまで、彼は焼き続けた。
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