第118話 街道へ ④

 だから、ここ数年の儀式の兆しは、間違いだとしてきた。

 間違いだとしながらも、御館様は覚悟していた。

 我らも覚悟していた。


 今生では、そんなおぞましい事はおきない。

 もしあったとしても、お前を差し出す事だけはできない。

 お前だけは、差し出してはならないと。


 嘘だと詰ってもいいのだ。

 我らを恨んで良いのだ。


 お前は村の仲間だ。

 わしらの孫だ。

 御館様もお前の暮らしが穏やかである事を願っていたのだ。

 これ以上、我らは罪を犯せない。

 地の神が怖いのではない。

 己自身の罪深さが怖いのだ。


 だが、結果はどうだ。


 謝罪は傲慢に過ぎる。

 生贄の儀式を続ける意味、意義。

 その問への答えは、理を守る為、不浄の神を癒やすため。

 等と、いくらでも世迷言よまいごとは言える。

 だが、言葉をろうさずに言えば、命乞いをしただけだ。

 魔物に餌を与え、命乞いをしただけだ。


 魔の神に対峙し、問いただす事ができなかった。

 彼らの怒り、生贄の意味、どうして求められるのか、からだ。

 知りながら、保身の為にからだ。

 多くの命が失われ、その罪の重さを軽んじた。

 我らは自分たちだけを守ろうとし、生贄がかを考えなかった。

 そしてお前だ。

 お前を供物にしてしまった。

 その供物が戻ってきた。

 生きて戻ってきた。

 喜ばしいことだ。

 だが、いままでそんな事はおきなかった。

 考えられる事はひとつだ。


 お前も儂も、森の獣をたくさん見てきただろう。

 獣が一度捕らえた獲物を放逐するのはどういう時だ?

 逃し泳がせる意味は知っているだろう。


 我らは、再びお前を村に戻す事はできないと話し合った。

 保身だと詰ってくれ。

 だが、お前は留まってはならないのだ。


 こんな事になる前に、お前を他所に出しておけばよかったのだ。


 この手紙は余計な事だ。

 謝罪と繰り言ばかりだ。

 ただ、お前を拾い育てた時、風習だけで育てたんじゃない。

 我々の醜い願いだけではないと、言い訳させて欲しい。

 お前だけは、救われてほしかった。

 のだから、なのだから。


 だから、生きて欲しい。

 勝手な言い草だ。

 嫌な奴らだ、嫌な村だった。

 そう思って忘れ、逃げて欲しい。

 獣に捕まらぬように、どこかで生き抜いて欲しい。

 我々も祈り、備えて暮らす。


 身を寄せる場所は、よくよく考えるのだよ。

 同道する彼らにも気を許してはいけない。

 夜や闇は、奴らの領域だ。

 人に紛れるのも良い。

 思いつくことがあまりない。

 いつも武器を持って警戒するんだよ。

 食い物や飲水も、気をつけるんだよ。


 お前と狩りに出かけられないのが寂しい。

 儂ら皆で嘆いている。

 お前が男だったらな、と思う。

 思うが、それも勝手な話だ。

 婆さんも怒ってた。

 案内しろといったが、冥土めいどまで行けとは言っていない。だそうだ。

 自分勝手なのは元々だが、儂を殴って大泣きだ。

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