第653話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ 上 ⑨
寄りかかっていた木から身を起こすと、イグナシオは首を捻った。
「奥歯に物が挟まる言い方だな」
「実証できたと確信できる事柄は、一部に過ぎません。
つまり、推論が殆どをしめています。
私自身も判断に迷う部分は、あえて言葉にしていません。
さて、発症条件に、虫が前頭葉部分に寄生する事も含まれます。」
「脳か」
「多くの障害物が設けられており、寄生虫が脳に侵入する事は滅多にない。
ですが、病態としてはありふれた話しです。
さて前段階で当人に自覚症状はなくとも、感染している場合、異常がどこかには現れる。
発熱、頭痛、幻聴、幻視、めまい、肉体制御の異常、精神行動の変化などですね。
しかし、吐き出される前の虫は前頭葉部に集まり、腹側被蓋野の中脳辺縁系投射を担当する神経伝達物質を」
「止めろ、貴様とエンリケの楽しい話しは聞いても理解できない。
調子に乗らず馬鹿にもわかるような言葉で話せ」
「脳への侵入が発症の合図であり、条件のひとつですね。
ただ、これも絶対条件ではありません。」
再び、イグナシオはモヤっとした気分に襲われた。
言い方だ。
何かおかしい。
いつもの馬鹿にした感じだが、そうではない。
「貴様の話しの、何処が
イグナシオの言い草に、サーレルは可笑しそうに片頬を引き上げた。
「感染者の大まかな統計をとりました。
感染条件の割り出しです。
大丈夫ですよ、さすがにアッシュガルトの一般の民を
モルダレオが止めましたし、民の方からも同意を得ています。」
「それで?」
「感染していても生きている。
または、変死、変異しなかった者。
女性です。」
シトシトと降る雨が梢を揺らす。
それにふと目をあてて、サーレルは頭を傾ける。
楽しそうな表情で、楽しくない話しを続けた。
「歓楽街の春をひさぐ女性たちです。
血液内に、寄生虫の卵がありました。
血液の濾過で対処できそうです。
変異者と思しき男達を客としてとらないようにと、店の主達にも通達しました。
化け物が街で暴れては、商売どころか命が無いですからね。
それから血液濾過と検診を通過しない限り、客を取らせないようにと指示しました。」
「それが感染経路なのか?」
「原因ではありません。
性接触で媒介する病ではありません。
条件が揃わなければ発症しないんです。
医師共通、最終の見解は、風土病です。」
相手のよくわかっていない。と、いう表情を見て、サーレルは頭を振った。
「何の政治声明も無い。
何の利益も無い。
目的も場当たり的な暴力沙汰だ。
何かの条件が揃い、元々あった病変が爆発的に体に現れた。
それが傍から見ると、まるで生きているように振る舞う。
宿主から飛び出すと、人種を問わず死体では繁殖する。
ほら、あの驚異的な変異の説明が、できそうな気がしませんか?」
「クソッ」
「作為がある事は否定しません。
ですが、これは病であり、齎されるのは死です。
変異者に襲われた者の話しではありませんよ。
変異した者の事です。
宿主は、発症すると爆発的な変異が起きますが、あれは死によって引き起こされる。
彼らは死んだ。
そして死した後に、寄生虫の管理下にて蠢いている。
まぁ仮定の話しですがね。
元々自然界の寄生虫も宿主の行動を管理します。
自滅行為をさせ棲みかを移動したりもします。
小動物の寄生虫にみられる行動ですね。
人間の場合も、そう、同じような出来事を我々は知っていますよね」
「腐土だ」
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