第423話 モンデリー商会 ⑤

 詳細な話は中へと促すも、領土兵を小突き回していた商会の男は建物内に入るのを固辞した。

 恐れ多いのもあるが、領土兵の男を入らせるのを嫌がったようだ。

 立ち話で終わらすような話ではない。と、前庭に置かれた簡素な長椅子へと移動して話を続ける事となった。

 ちなみに訪う時から、中に入らずニルダヌスとの会話で切り上げようとしたのだが、領土兵がごねてクリシィが呼び出されたのだ。

 最初から殴り倒して、形だけ引き摺ってくればよかった。と、商会の男がブツブツと呟いている。

 やっと意識を戻した当の領土兵は、その呟きに今更ながら顔を青くしていた。

 問答無用の暴力が飛んでくる野蛮さの結果だが、神聖教の巫女に対しては貴族でさえ礼をとるのは暗黙の了解である。

 流石に無礼が過ぎたので、商会員の暴力は見なかったことにされた。

 それにどうやら手加減もされており、意識を失った割に、領土兵はしっかりと起き上がり知り得ている情報を話しだした。

 まぁ隣で睨みを聞かせている商会員のおかげかも知れない。

 というより、よくも逆らえたものである。

 誰も口には出さないが、見ただけで腰が引ける大男だ。

 赤銅色の肌に、商会のお仕着せがはち切れそうである。

 商会の船員は、肉食獣の獣面が顕著な先祖返りの大男。

 ごりごりの海兵団の猛者か、海賊の親玉、もしくはスヴェンとオービスの親戚だと名乗ったほうが納得できる強面だ。

 そう考えると、この東公の領土兵は蛮勇とはいえ、よくも大きな態度をとれたと思う。


(いや、それは特殊な閉鎖環境の結果だよ。

 彼ら、特に海辺以外の土地の出身者で、獣人そのものに触れた事の無い人々が東には多いんだ。

 そして、獣人種の知識が無く、偏った教育がなされている。)


 未知を恐れないのか?


(未知を恐れる前に、無知であり間違った情報を植え付けられるのさ。

 情報の制限、教育の制限、人も家畜と同じく閉鎖した環境では、思考が低下するのさ。)


 領土兵は、青白い顔の生気の無い男だ。

 ちなみに、私は教会の中からの見物である。

 開け放たれた教会の廊下、その通路に置かれた椅子に座っている。

 外からはわからず、こちら側には詳細に外の声が聞こえていた。


「だって、大声で騒ぐんですもの。気になるでしょ?」


 とは、隣でこそこそと聞き耳をたてているビミンだ。

 私を引っ張ってきて盗み聞きの共犯にしている。

 報酬は、おやつの量の軽減だ。


(まぁ、量は押さえてくれるだろうけど。

 果物を出すってさ。

 よかったね、君、果物好きでしょ。

 彼女は君を肥え太らせる事に心血を注いでいるから。)


 なるほど。それは盲点だった。

 砂糖を使った菓子よりは安いかなぁ。

 私に贅沢は必要ないよ。


(えぇっとね..東では、果物より砂糖のほうが安いんだよ。

 貧しく見える東はね、金主と呼ばれるコルテス公が第一勢力なんだ。

 金主とはね、お金を融通してくれる後援者という意味なんだよ。

 コルテス公は、公王を支え、王国の戦争をする力を支え、そして南部地域で必要とされる鉱物を輸出しているんだ。つまり、獣人の国も支えているんだよ。

 そして砂糖を作っているのは獣人の国、南部なんだ。

 この東では砂糖は、鉱物の代金の代わりに受け取っている一番廉価な品なんだよ。)


 ..果物は遠慮しよう。

 でも、東の者は獣人を忌避しているのでは?


(賢い支配者は、嘘が上手なのさ。

 そして支配者は、その嘘の意味を見失うのさ。)

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