第204話 夜が来る

 そうして辿り着いたレイバンテールの館も、赤く染まっていた。

 汚染された者が、館の中を這い回ったようだ。

 廊下にも赤い線がある。

 どこを触っていいのかわからなかった。

 今いる部屋は、辛うじて赤くない。

 日頃、使われていない部屋なのだろう。


「逃げよう、エリ。皆、このままじゃ死んじゃう。毒の事を旦那に」


 エリは、不思議な身振りをした。

 手のひらを上に向けて、何かの大きさを示す。

 それはちょうど人の頭ぐらいの大きさの球体だ。

 それを何度か繰り返して、指を三本立てて見せる。


「3つの玉?」


 私の言葉に頷くと、エリは自分を指さした。


「エリ?」


 頷く。

 三本の指を胸にあてる。


「エリの三つの玉?」


 頷いて、下を指差す。


「エリの三つの玉が、下に?」


 指はくるりと回る。


「エリの玉がここにある?

 エリの物がここに?」


 エリがはじめて大きく笑った。

 笑い、自分の耳を指さし、それから鼻をさす。


「エリは聞こえた?

 そして匂いがした?」


 エリは私の手を握り、扉に向かう。


「エリ、それは探さないといけないの?」


 エリは振り返り、何かを言った。

 声は無い。

 唇からは息だけがもれる。

 わからない。

 エリに手を引かれ、私は廊下に出た。

 相変わらず、赤い世界は臓物のようだった。


 ***


 エリに手を引かれて、館内を歩く。

 使用人達に見咎みとがめられるかと思った。

 けれど、誰一人として、正気ではない。

 彼らは既にうつつから離れていた。

 すれ違う男も女も、ニヤニヤと笑いながらうごめくだけ。

 赤黒い毒に塗れる人々。

 水差しを持ったまま動かない女。

 台所で立ち尽くす料理人。

 何かを取り出そうとしては、物を落とす下男。

 滑稽な芝居の一幕のようだが、それがこの街の人々の末路なら、無惨すぎた。

 外は陽射しが傾き、更に気温が下がったようだ。

 湿気は壁に付着した赤黒い色をにじませる。

 毒なのか争った末の血痕なのかは、わからない。

 どこもかしこも毒に塗れている。

 こんな場所で闇に包まれたらと思うと、エリを街の外へと脱出させたい。

 サーレルが言ったとおり厩に行くか、その本人と合流するか。

 だが、エリは行き先がわかっているかのように、迷いなく進む。

 方向はうまやに近いが、それでも一旦外に出たほうが良い。

 と、一つの扉から、話し声が聞こえた。


「留守のはずがない。私と会う約束をしていたのだ」


 それに奥方がわらう。


「いつもいつも、貴方は遅いのよ。

 結局、貴方は見殺しにしたのよ、だから死んだ。

 残念ね、今度もまた、貴方は間に合わなかった。

 貴方の嘘が招いた結果でしょう、ラース様。

 いいえ、違うわね。

 ライナルト卿、これで貴方がアイヒベルガーよ。」

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