第441話 野良猫 ⑨

「続きをお願いします」

「はいよ。

 専制的な領主の言葉を、真実とする素直な民がおおよそのマレイラ人だ。

 中央が我々を同格と認めようとも、公爵達が認めねば、それが正義だ。

 獣人も亜人も人ではない。

 下等下劣であり、人族に寄生する害虫だ。

 純血統の血筋以外に価値はない。

 女や子供に教養は必要がなく、知性は無いとする。

 家畜と女は財産で、父親の言葉には絶対服従だ。

 極端な人族偏重の男尊女卑、恐ろしい話だが、労働力としては単純労働以外に女は使わず、教育もされない。

 下層民どころか普通の庶民でも、女児は売り買いされる始末だ。」

「それは最早、素直では誤魔化せない話では。」

「そうだな。まぁこれは極端な話だ。

 公王の係累となるコルテス公には、自領民の女性教育を妨げる行いは無い。」

「えっとマレイラ全体の話と思っていました」

「三公爵が仲良し小好しだった事は無い。

 他種族を忌避しているというのもこの三公の関係性によってバラツキがある。

 三公爵はわかるか?

 一等東がボフダン公、東廻り最後の港湾が領地にある。

 中央内地がシェルバン公、林業が中心の領地だ。

 そして鉱山都市のコルテスだ。」

「えっと、政治的な対立が内部にもある?」

「マレイラの北西部、城塞から北上した湖沼地帯と更に北の鉱山地帯を支配地にしているのがコルテス公爵だ。

 城塞の水源地がコルテス公の領地だと考えると関係性がわかるだろう。

 東マレイラの中で、公王との直接の繋がりが深いのがコルテスだ。

 そのコルテス公は公王親族で中央より。自由主義者とも言われている」

「自由主義者?」

「建前は東マレイラの純血統主義者派閥に属しているが、公王とは友好関係であり、獣人とあからさまに敵対はしていない。

 だからこそ、領地内への寺院へ向かう許可を得ようとしたわけだ。」

「ですが返答がない」

「そうだ。

 返答無く、今現在、アッシュガルトの領土兵と言われる人員にもコルテス人がいない。」

「不穏ですね」

「だから、早々に上に戻れって事だ。

 長い話になったが、巫女と行動するのもそろそろ限界かもな」

「また、何処かに移動ですか」

「否、管理できる状況なら、暫くはこのままだ。ただし城塞内に留まる事だ」

「できれば巫女様の手伝いをしたいです」

「まだ言うか」

「我儘だと思います。ですがそれなら何故、この場所に私は」

「何故、お前をこんな不穏な場所に連れてきたか?

 決まっている。

 俺が嫌だからだ。」


 呆気にとられて、傍らの顔を見る。


「お前が知らぬ間に、野垂れ死ぬのが嫌だからだ。

 勝手に死なれては、後味が悪いからだ。」

「野垂れ死ぬというのは」


 あんまりな表現だ。


「勝手に死なれると不愉快だ。

 だから、俺の側に置こうと思った。」

「死ぬって前提が嫌です」

「お前は馬鹿か、俺がいれば死ぬ訳がなかろう」


 その理屈に口が開く。

 野良猫の驚愕の表情と同じく、暫く口がきけなかった。

 横顔は冷たく素っ気ないが、意味を考えると泣きそうになった。


 あぁ、この人の方が、馬鹿だ。

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