第824話 挿話 陽がのぼるまで(下)⑥

 料理する手を止めて、巫女様は台所の窓の外を見る。

 薄曇りではあるが、雨は降っていない。

 人の話し声が微かに聞こえた。


「弱い者は手を取り合わねば生きていけないと知っています。

 そして幸いにも、強さを求められる事もない。

 多くの人の期待を押し付けられる事がないのです。

 幸いとは言えませんが、おかげで生きている内に孤独を感じる事は少ないでしょう。

 それが普通の、私達のような人間の有り様ですね。

 もっと言葉に変えましょうか。


 貴方は、ひとりでも大丈夫。


 と、常に言われ強さを求められるのは寂しいことだと思いませんか?


 それに、当然だ。

 と、受け答える能力に恵まれた方だと、周囲はその理不尽さに気が付かない。」


「理不尽..」


「弱いものを虐げ、差別するのは目につきますから、諌める事もできましょう。

 けれど、強いと言われる立場の者へ向ける期待も、理不尽な場合があるのです。

 人としての思いやりや気遣いは、立場で変えてはならないのです。

 ですが人の暮らしの中では、その理不尽に気がついたとしても、手出しは難しいものです。

 特に閣下のように、自身を強い者と定義していらっしゃる場合は、口出しは無用。

 不敬ですし、そうね、大きなお世話、になる。

 貴族は侮られては、なりませんから。


 支配する者は孤独です。

 彼らに相対し、打算無く気遣う言葉をかける者はそうそういません。

 かけたくとも立場によっては、相手に余計な負担になってしまうからです。


 お互いに、童のように向き合えるなぞ、大人には難しいという意味ですね。

 ですが、不可能ではない。

 礼儀をもって気遣い合う事は人ならばできるはずなのです。


 先程の貴女が、私に向けて健康を気遣うような関係ですね。

 そうした相手と過ごす事は、強い人ほど難しいのは分かりますでしょう。


 そして受け取る者も差し出された手の意味を分かる人でなければ、無駄になります。

 その点、閣下は理解しています。

 オリヴィアという娘の人の善さ、真面目さに慰められている事をね。


 貴女や世間の人からすると、閣下は恐ろしく無慈悲に映るでしょう。

 確かに無慈悲であり、恐ろしい方です。

 間違いなくね。

 けれど、自分の行いの意味を知っている方だと思います。

 また、分かりづらい言い方でしたね。


 無法者では無いという事。

 悪いことを悪いと知っている人ですね。

 まぁ無法者よりたちが悪いとも言えますが。


 それは正しい事の本質もわかっているという事です。

 オリヴィアに聞けば、こう答えるのではないでしょうか。


 恐ろしい方だが、信頼はできる。

 約束は守ってくれる人だ、と。


 そんな彼女を守る事が閣下の役目ですが、それも又、縁のひとつ。

 身分が上がり財が増えるほど、人は孤独になる。

 孤独はどんな恵まれた場所にいたとしても変わらぬものです。

 きっと閣下自身が思うより、彼女の願いには耳を傾けるでしょう。

 そしてきっと彼女が口に出して願わぬからこそ、その友人の行く末を気に掛ける。


 長々と話しましたが、彼女が信頼を寄せる相手の申し出です。 

 対する貴女も自ら孤独を選んではいけない。

 皆、貴女を一人にはしたくないのです。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る