第825話 挿話 陽がのぼるまで(下)⑦
善き縁に貴方も加わりなさい。
人は孤独であるが、そこから優しさや思いやりを学ぶこともできる。
つまり、人の好意による救済だと言っているのだ。
「私は、彼女の友人なんでしょうか。
私、最初の頃、自分の事ばかりで」
「難しく考える必要はないと思いますよ。
顔を見たら話をしたい。
日々の雑談を気兼ねなくできる相手。
また、明日と別れが言える相手。
友を定義するのは無意味でしょう。
貴女が友人と思うかどうかですよ。
気兼ねなく、神殿に身を寄せなさい。
こちらにも利があるのですよ。
私達を利用するんです。
そしてね、神殿の中立派が彼らのお願いを何でも唯々諾々と聞いている訳でない。
私達神殿の者は、身内を売り払う事を許しません。
特に私は自分の身の周りの置く者は、手放さないのです。
私も歳ですからね、世話係のひとりもいないと色々とおぼつかないのですよ。
まぁこのような老骨の世話など若い娘には苦行でしょうし、それで良ければの話ですけれどね。ホホホ」
巫女様は、何かを思い出したように笑う。
頭を軽く振って、小さく笑う。
敢えて、私を見ずに、料理をしながら。
私の頑なさを理解しているのだろう。
私の反発を考えているのだろう。
行き暮れた身の私が、愚かな選択をしないように。
居場所を、私が拒まないように気をつかって。
多分、巫女様の中の私は、小さな子どものように見えていそうだ。
誰も私をわかってくれない!
誰も私の悲しみなんて理解できないわ!
なんて言いそうだって。
でも、ちょっと否定できない。
先ほどの男との会話は、それに近いもの。
むしろそんな風に、巫女様に色々心の内をさらけ出せたら、楽だろう。
でも、私には難しい事だ。
優しい人の手は、躊躇してしまう。
それが振り払われた時の、心の痛みに耐えられないからだ。
それに巫女様の救済に縋るのは、果たして人として正しい事、なのかな。
それは今までと同じ、逃げじゃないの?
とてもありがたい事なのはわかる。
ありがたいし、ほっとしてもいる。
ただ、心にひっかかるのだ。
お祖父ちゃんに何度も言ったように、それは違うのではないか?
ただ、何が正しいかは、今の私にはわからない。
「少し、塩を入れすぎたかしら?」
塩で味付けを調整しながら、巫女様は少し眉をひそめた。
再び味見をすると、ちょうどよい塩加減だ。
「おいしいです」
それに巫女様は微笑んだ。
「神聖教が国教になった理由を知っているかしら?」
「よく、知りません。
祖の人が、真言を授かったとかの物語は神殿教室で習いました。
けど、国の歴史はよくわかりません」
「煮込み時間に、少し巫女らしいお話をしましょうかね」
彼女は椅子に座るように促した。
「神聖教の開祖は、この国の建国に携わった偉人の一人とされています。
このあたりは知っているかしら?」
「はい」
「でも、だから国教になった。と、いう訳ではありません。
この国が多くの種族、民族からなる複雑な国である事も知っていますね。
それは獣人の社会で考えても、たくさんの小さな集団、氏族などがある。
そしてそれぞれが作り上げてきた文化もある。
とうぜん信仰も沢山ありました。
これが神聖教が国の宗教に選ばれた理由になるのです。
では、どんな理由と思いますか?」
「えっと、強かった、とか、正しかった、からですか?」
それに巫女様は、微笑んだ。
「受け入れやすかったからですね」
受け入れやすい?
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