第386話 群れとなる (下)③
彼らの動きも、常人では追えぬ程だった。
転がり殴り合う様子は、音と残像しかわからず。
口を開けて見ているうちに、壁が崩れ木が倒れと、時間をかけずに木っ端微塵になった。
途中、巫女頭様が悲鳴をあげて私を室内に引き戻し、神殿全体が沸き立つような騒ぎになった。
グリモアに対する自責や恐れも、その時は忘れた。
私は、驚きで茫然となっていた。
ある意味、芝居を見ているかのように呑気だったのかもしれない。
あまりにも現実味が無く、あっという間に目前の景色が吹き飛んだので、理解できなかったのもある。
気がつけば、ボロ布のようになった護衛の旦那、オロフをカーンが片手で釣り上げていた。
片手で持ち上げ、自分の目前に引き寄せる。
そうしてカーンは、己が甲の面貌(面具)を上げた。
恐ろしげに顰められた顔で、オロフを睨み下ろす。
そして徐に大声で説教を始めた。
説教だ。
唸り声は獣の物だったが、顔貌は変わらず多少声音が変わっていたが、人の言葉での叱り声である。
何故、主を止めぬ。
何故、お前は分を弁えぬ。
死をもって償うべき事をした自覚はあるか?
俺に殺される覚悟はあるか?
俺に手をかけさせる事の意味はわかっているか?
お前の一族郎党にかかる迷惑を理解しているか?
それからカーンは、室内に逃げていた私に向き直り怒鳴った。
得体の知れぬ相手を許すな。
知らぬ男の側によれば、攫われるか殺されてもおかしくない。
ここは呑気な田舎の村ではない。
余所者を警戒する気持ちを忘れる馬鹿がいるか。
女子供が、夜に忍び込んでくるような賊に気を許すとは、愚か過ぎて正気を疑うぞ。
己を大切にしない者は、守る価値もない。
お前を守ろうとしている、そこの巫女の顔を見よ。
お前は、それでも正しいと思っているか?
お前は、それでも自分は間違っていないと思うか?
実に真っ当な説教であった。
道徳を説かれ、私は傍らの巫女頭、クリシィ様の顔を見て恥じた。
確かに、私は自分の事ばかりだ。
まぁカーンの真っ当な説教はそこまでで、それからコンスタンツェ殿下を殺すと宣言。
処刑は勘弁してくれというオロフの懇願。
問答無用の暴力のやり取りは、まさに嵐であった。
神殿兵を伴った神殿長様の静止の絶叫は、今でも耳に残っている。
中々争いを止めない二人に最後は泣き落としになっていた。
「お二方は、私に死ねと言うのですね」
止めなさい!と、いう静止の声が無視された後、神殿長がぽつぽつと喋りだす。
あまり大きな声ではないが、争い合っている場の物音の中で何故かよく聞こえた。
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