第503話 ドミニコの美しい薔薇 ④

 ミカエル・ドミニコは、公王のお抱え画家となるが、その中でも評判を呼んだのがニコルの肖像画だった。

 その肖像画によって、彼女は東公領の筆頭貴族コルテス公へと嫁ぐ事になる。

 書の題名にもなった、その彼女の肖像画を見たコルテス家の当時の家長が、嫡子の嫁にと望んだのだ。

 しかし当時のコルテス公嫡子には婚約者がいた。


(実際は、結婚していたんだ。

 既に既婚者だったが、政略結婚ではよくある話だ。

 第一夫人を、第二夫人へと下げるだけだ。

 当時のコルテス公は、神聖教徒ではなかったからね。

 別段、結婚も離婚も神殿の意向は関係がなかったんだ。)


「あまり楽しい話ではないね」


 この公王家からの降嫁により、許嫁は自殺。

 狂死の後に子供だけが残ったとある。

 この子供はコルテス家の跡取りとはならなかったようだ。

 本が古いせいなのか、この後のコルテス家については、書かれていない。

 ニコルが嫁いで数年で家長が死に、嫡子が跡をとるも、この時期からニコルは本宅の領地から居を移した。

 ニコルには子供もなく、嫁にと望んだ家長も死に。

 差別と不遇の中に取り残されたとある。


(ここで一言いいかな?

 これはミカエル・ドミニコ側の主観だ。

 彼の愛する姫の話であり、姫本人の意見ではない。)


「..よくわからない、どういう意味だ?」


(ふふっ、振られた男の話って事だよ。

 ふふっふふっ、まぁ先を読みなよ。

 振られた男って、いつまでも相手を美化するよね。

 それも直接振られていないから、色々、こう拗らすよね。女の子にはわからないか、ふふっ)


 本来なら離縁という道もあったが、当時の政治状況から、それは許されず、彼女はオンタリオ領にて幽閉に近い状況で留め置かれた。


「オンタリオか」


 画家は、彼女を描くために、東公領を訪れ続けた。

 そしてニコル姫の肖像画は、中央の兄の元へと運ばれた。

 彼の連作は、美しさと陰鬱な雰囲気が話題となり、一般の公開も許されるようになる。

 もしかしたら、公王は妹を呼び戻す事を考えていたのかもしれない。

 しかし、そんな矢先。

 ニコル姫は、病にて没する。

 当時は遺骸を中央に戻すという話があったが、コルテス家が断固として拒否。

 差別冷遇の末に殺したという風聞を消すために、大掛かりな霊廟が建てられたとある。

 画家は、コルテス家を余程嫌ったのか、最初に彼女を結婚へと導いた絵を、公王に願い出て、彼のコルテス家から引き上げさせた。

 彼女の肖像画は、嫁入り道具の一つだったのだ。

 その絵は、美しく華やかで幸せに満ちた少女の絵だそうだ。

 薔薇を一抱え持った、ニコル・エル・オルタスの肖像。

 公王の、兄のランドールの執務室に、今はあるそうだ。


 暖かな部屋の中、私は窓を見る。

 暗い夜、雨と風が吹き荒む。

 その窓の前、小卓には金柑だ。

 肉争奪戦の後、戻ってきたオルトバルも何故かくれたので、コロコロと山になっている。


 ニコル・コルテス


 その名の意味は何だろうか?

 そもそも金の記章は何故、船員へ送られたんだ?

 金の記章は何の比喩だ?

 わからない。

 本を閉じると、私は金柑に手を伸ばした。

 明日の荷物に金柑を入れよう。

 これで少しは気持ちも明るくなるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る