第366話 幕間 禁忌の扉 ⑦

 相変わらず、薄っぺらい感触の言葉だ。

 コンスタンツェは膝を折ると小さく笑う。

 それから少女に手を差し出す。

 彼女は躊躇ったが、コンスタンツェの手に指を添えた。


「あぁ、どうしよう。何故、この人を?

 何を言っているんだ、止めるんだ」


 少女は、小さく悲鳴をあげる。

 何を驚いているのだろう?

 すると薄ぼんやりとした白い影が、はっきりとした姿になる。

 彼の頭蓋は、未知の刺激に激しい痛みを覚える。

 だが痛みなど些細な事、色鮮やかな世界に彼は見入る。

 確かに、これは目ではない。

 見えるのならば、このように特定の物が浮き上がる事はない。

 彼は彼のままであった。

 彼は見えず、多くの者からすれば不自由なままだ。

 幸いにも、彼自身が見たいと思う物以外は見えない。

 見たいもの。

 やっと彼は気がついた。

 これはなのだと。

 これは罰ではないのだ。

 卑小な己を理解し、これまでの誤った考えを捨てる時がきたのだ。

 だから、彼は見ることができる。

 見るべきものを。

 彼女は困惑と恐れ、そして悲しみに包まれている。

 コンスタンツェの変化を悲しみ、後悔していた。

 何ら落ち度は無いというのに。

 さもしい考えで近寄った者に、何と優しい事だろうか。

 と、コンスタンツェは笑った。

 触れているから分かるのではない。

 が囁くのだ。


『求めずに。

 お主が試したは、神の供物。

 心の平安はにこそある。

 お主が求めた答えは、ここにある。

 変わらぬ慈悲は、ここに。

 は幸いである。

 試した故の答えは、ここに。

 与える者に幸いあれ。

 よ、幸いはここに。』


は神ではない。

 だから、聞こえないふりをして。留まれるように気をしっかりもって」

「留まるとは?」

「大切な人を裏切らないように、甘言に耳をかさないでください。

 いられるように、貴方の考えを売り渡さないで。

 ごめんなさい、巻き込んでしまった。

 勝手な事を、ごめんなさい。

 貴方が忘れるにはどうしたらいいんだ。

 何を約束すれば?」


は、なり』


「止めてくれ、もう、誰も死なせたくないんだ。」


『主のなり

 愛の誠はここにあり』

 

 「聞いては駄目だ、耳を貸してはならない。

 これ以上、私に関わってはならない。

 色々と説明をしたい所だが、知れば何がどう悪い方向へ向くかわからない。これ以上、汚れた力に」


 話の途中、不意に鈍い音と共に、コンスタンツェは少女から引き剥がされた。

 闇を見据えて、自分が仰向けになっているとわかったのは少し後だ。

 背中の下には、オロフがいる。


「やべぇっすよぉ、コンスタンツェ様」

「どうした?」

「見つかるなら、神殿兵あたりの雛ちゃんかと思ったら、でっかいのが出てきちゃいましたよぅ」


 目を凝らす。

 すると少女のいた方から、不気味な唸り声が聞こえた。


「あぁ、夜勤手当とは別に、治療費もお願いしますねぇ」


 間の抜けた声音を最後に、庭を囲む壁に体が叩きつけられた。

 衝撃で意識を薄れさせながらも、彼は自然と笑顔になっていた。


『主のは、幸いなり』


 人としての苦しみは去った。

 と、グリモアの囁きを受けて、コンスタンツェグリモアの主の隷下は幸福に満たされた。

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