第365話 幕間 禁忌の扉 ⑥
どうするかとオロフが考えていると、少女がすぐさま気がついた。
恐れ叫ばれるかと身構える。
予想に反し、彼女は必死の様子で窓までよろめき這った。
そしてオロフが静かにするようにと言う前に、窓を開け黙る。
こちらに出られるかな?と、オロフは身振りしてみた。
すると背後の巫女総代が寝入っているのを確認し、彼女は外へと出ようともがく。
それにオロフが手を貸し外へと降り立たせた。
思うより楽に事が進んだ。
ほっとしてオロフは、窓を閉める。
これで一応、中の巫女には声が聞こえにくい。
会話をし何事もなかったように撤退できれば、任務完了だ。
『マジこのまま何事もなく帰りたいっす、神様お願いしますよぅ』
と、内心祈りながらオロフが雇い主を振り見れば、狼狽えたように立ち尽くしていた。
「大丈夫っすか、悪いっすが手短にお願いするっす」
そのコンスタンツェは、オロフが見た通り狼狽えていた。
勢いでここまで来た。
だが彼女に聞こうとした事が、無意味だと今更思ったからだ。
様々な疑問がある。
だが、口を開けばきっと泣き言しか出ない。
母親に縋るような、泣き言だ。
つまるところ超常の事なぞ、内面の変化に比べればどうでもよかったのだ。
だから情けない事に、いい年をした大人が子供のように口を引き結んで嗚咽を漏らしている。
彼は、顔の包帯に手をかけスルスルと引き剥がす。
厚手の布を取り去って、軟膏にまみれ開けにくい瞼を自分の力で持ち上げる。
初めて力を込めるので、ぶるぶると震えるだけで中々もちあがらない。
それでも瞼を押し上げる。
すると闇が見えた。
それが深い闇だとわかるのは、白い影が中心にあるからだ。
朧げに見える白い影。
涙が落ちた。
白いのだと誰かが教える。
これは闇の中にある光りであると、誰かが言う。
彼らはコンスタンツェに語りかける。
空気に触れて痛いのではない。
見える事もそうだが、すべてが恐ろしかった。
悔やまれて恥ずかしくて、己が惨めで泣けた。
目ができた。
それだけで自分をしめていた悩みが変わる。
変わる事に驚いた。
では見えるようになったら、他の苦しみは薄れるのか?
見えれば、目さえあれが解決すると思っていた事を考える。
答えは無意味になった、だ。
確かに苦しみは薄れた。
それは目があれば薄れるという事ではない。
もともと苦しむ必要がないと理解しただけだ。
目が見えない事で愛されないのではない。
見えていたとしても、親からは愛されなかっただろう。
そしてあのような人間から愛を受け取りたくはない。
子供の頃の自分は、悩んだ。
だが、今の自分は違う。
本当はどうでもよかったのだ。
彼が愛するものだけに心を傾ければ、痛みなど無いのだ。
縋る自分は間違っていた。
そして憎み妬むのは、愚かで無駄だ。
誰かの苦しみを薬とするほど、醜い事はない。
醜悪な物を探すよりも、尊く美しい物を愛すればいいのだ。
不幸だと認める事は痛い。
だが、何が幸せかわかるのは、不幸を知っているからだ。
さぞや醜い泣き顔であろうと思いながら、彼は白い影に言った。
「誰かが見てる。」
意味のなさない問いだ。
己の頭の中にだけ、存在するだけかもしれない。
彼は涙を流しながら、何とか続けた。
「神、なのか?」
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