第814話 挿話 陽がのぼるまで(中)⑤

 オリヴィアと一緒に歩いた通路を思い出しながら進む。

 呼び止められたら怖いと思う。

 怒鳴られたりしたら、怖い。

 でも、大方が優しい声だって知ってる。

 怪我人や病人がいる区画は、私達家族を疎み怒鳴りつけるような人はいない。

 少し、皮肉。

 他人の前で怒鳴る人は大概、東部貴族の人。

 そして優しくしてくれる人は大概、家族や大切な人を失った人、父さんを恨んでいい人だ。

 少しうつむき加減で通路の端を歩く。

 昼間、オリヴィアが診察を受けていた部屋を過ぎ、病室を通り抜ける。

 見咎められる事無く、奥の血液を綺麗にする処置が行われている場所へと入った。

 目指す男を探していると、最奥の部屋で奇妙な器具を覗き込んでいた。


「何だ?

 調子が悪いようなら、医務官の所へ行け」


 恐ろしい声の調子に、私は喋る前から怖気づいていた。


「言葉にしなければ、何も分からん。

 用が無いなら出ていけ。」


 私は何とか言葉を押し出した。


「お祖父ちゃんは、どうなるの?」


 それに黒髪の男は、鼻で笑った。


「どうにもならん。

 罪に見合った罰を受けるだけだ。

 軍事法廷での偽証は、斬首と決まっている」


 それから私をちらりと見ると、馬鹿にしたように言った。


「親族も連座だ。

 それとも自分だけは助かりたいか?」


 私は悲しい気持ちよりも、腹がたった。


「だから何?

 私は、本当の事を知るまで死ねないわ」


「お前の家族の罪は、元より明らかだろう」


「本当の理由よ。それが知りたいの」


「まるでお前の家族に罪は無いとでも言いたげだな」


「ええそうよ」


 男は塵を見るような目で、私を見た。


「本当の理由か。

 反乱の理由。

 無辜の民を屠殺した理由。

 疫病を広げた理由。

 理由があれば許されるのか?

 お前の父親が元で、俺の氏族は滅んだが、滅ぼされる理由があるのか?

 もっと簡単な話だろう。

 お前の父親が全ての原因を作った。

 キチガイに理由なんぞ無い。

 焦土となった故郷が結果だ。

 残念だったな、お前の家族は十分に罪人だ。」


「お祖父ちゃんの話が聞きたい。

 本当は何があったのか、聞きたい。」


「本当の理由とは何だ?

 例え、お前の祖父が何を言ったとしても、罪は重くなるだけで軽くなる事は無い。

 死んだ人間は生き返りはしない。」


 興味を失ったように、男は器具へと顔を戻した。

 頭の中が痺れている。

 もっとちゃんと言わなきゃ駄目。


 しんと静まり返る部屋の中で、私の言葉は宙に浮く。

 言葉にするととても安っぽくて、馬鹿みたいだと自分でも思った。


「私も思い出した。

 今日、喰われそうになって、思い出した」


 私は後ろを振り返り、他の作業をする者から距離がある事を確認してから続けた。


「タンタル砦にいた時」

「水没時にもいたのか?」


 男が急に体ごと此方を向いた。


「水没は知らない。

 砦の中の雰囲気がおかしくなって、私は岩山側の塔に閉じ込められていたの」

「西の塔か?」


 思い出そうと目を閉じる。

 確かに西陽が部屋にあたっていた。


「窓を開けると、岩肌と下には急な川の流れがあるの。

 岩山の方は滝ね。

 陽の沈む山々が見えるの。

 鳥が時々、空をよぎって。

 私は一日、部屋の隅に座っていた。

 物音をたてるのが怖かったの。」


 とても、怖かったの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る