第813話 挿話 陽がのぼるまで(中)④

 曲刀と手斧を持った兵士が、側に立っていた。

 いつ戻ってきていたのかわからない。

 彼は蔑んだ目で、お祖父ちゃんを見据えた。


「今更か、遅きに失するとは思わなんだか?」


 それにお祖父ちゃんは、恭順の姿勢をとり地に伏した。

 お祖父ちゃんは死ぬ気だ。と、わかった。

 勝手に涙が溢れる。

 声は出なかった。

 けど、涙で視界が曇った。

 心は荒れ狂っている筈なのに、奇妙に頭の中は静か。

 あぁひとりぼっちね。

 また、ひとりぼっちね。

 お祖父ちゃんは、幸せになれって言うけれど、家族がいなくなってどうやって幸せになれるのかな。

 何故だろう、不思議だ。

 だって、教会に戻ったら母さんがいるような気がする。

 元気にご飯を作っているような気がする。

 いつもぼんやりと遠くを見てたとしても、まだ、そこにいるような気がする。

 父さんの最後は知らない。

 だから、父さんも故郷にいて、お仕事をしているんだ。なんて想像できる。

 時々、錯覚して元気かなぁって口に出したり。

 そう、お祖母ちゃんの事もだ。

 お祖母ちゃんの育ててた鉢植えは、お花を咲かせているのかしらって。

 故郷は今だに色鮮やかで、小さな私はそこで走り回っている。


 ねぇ私の幸せって何?


「孫娘の手を引いてやれ、逃げぬのだろう?

 話したいことの内容にもよる。

 ほら、泣き止ませろ。

 安心しろ、女子供に手をあげる、どこぞの屑野郎とは、これでも違う。

 俺の事は知っているだろう。

 あぁ、医術師のブランド家だ。

 そうだ。

 うるさい、俺が泣かしてるんじゃないだろうが。

 知らん、なんだ、いつも女を泣かせてる?

 勘弁しろ、くだらん事を言ってる間に、その辺の塵を焼いてこい。

 わかったわかった。

 西回りで連れて行く。

 ほら、立て、誰か、あぁわかった。

 検査だな、わかった俺が同道する。

 バーレイ、孫娘に言ってくれ、そんな藪睨みされたら、俺の風聞が益々悪くなりそうだ。

 あぁ、娘、俺はお前の祖父をいきなり拷問するような輩ではない。

 ほら、爺様にくっついてろ。

 わかった、わかった歯を剥き出しにしてくるな」


 ***


 夜中に目が覚めた。

 時間の感覚がおかしい。

 隣には、オリヴィアと猫が寝ている。

 体の検査をして、洗浄を受けた。

 衣服は焼却されて、簡素な服を渡された。

 城の宿舎には、検査を終えた城下の人達もいる。

 お祖父ちゃんとは、城塞に入ってから直ぐに別になった。

 それ以来、会っていない。

 疲れているのに眠れない。

 母さんの事。

 お祖父ちゃんの事。

 化け物の事。

 父さんの事。

 考えなくちゃいけない事が山ほどあるのに、頭がひとつも働かない。

 あんなにはっきりと物事が理解できたような気がしていたのに。

 私は再び、霧の中にいるような気がした。

 今度こそ忘れずに、逃げずに考えなきゃ。

 母さんの最後を思い出すと、寂しい。

 お祖父ちゃんの話を考えると、苦しい。

 そして真実が、もっと醜くて辛い事だったらと、恐れている。


 でも、思い出した私は、自分の幸せは自分で選べるのだ。

 私を縛るのは私自身だった。

 その事実に気がついた今、考えるのも選ぶのも自由だ。


 私は布団から抜け出すと、宿舎の外へと出た。

 猫がついてこようとしたが、オリヴィアを守って寝ているように言うと、鳴いた。

 鳴いて戻り見送る。

 言葉がまるでわかるような態度に、少し笑うことができた。

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