第707話 説話 ③
フォードウィンの双子
水妖の娘
オールドカレムの男に騙されて
一族皆、腹の中
最後は双子も井戸の底
外にはでれぬ、井戸の底
水妖の娘は、井戸の底
フォードウィンの双子
嘘つき双子
オールドカレムの男に騙されて
一族皆、腹の中
近づく声。
男の声。
少し嗄れているが、甲高い声、否、絶叫。
叫び狂ったように、意味のわからぬ話を歌う。
調子外れの、子守唄。
わからぬが意味はあるのだろう、公爵の眦が釣り上がっている。
そしていよいよ声は、私達が潜む湿地の際に近づいた。
「あぁ、あぁ、匂うぞ。
いる、いるな。
オールドカレムの悪魔がいるぞ。
わかる、わかるぞ、ほら、土産だっ、受け取れぇ!」
私達が潜む岩陰の近くに、何かがゴロゴロと転がり抜けていく。
伏せた姿勢でも、草の間に転がる物はしかと見えた。
頭だ。
人の頭が転がっていく。
「捕らえろ」
命令に兵士がソレへと殺到した。
黒い影。
どす黒い返り血にまみれた男だ。
制圧は一瞬で終わるかに見えた。
だが、それは
公爵を守る兵士の側に移動しながら、その姿を目で追う。
人、なのか?
蓬髪は灰色混じりの白。
若いのか年老いているのかもわからない青黒い肌。
目は剥き出されたように丸く、黄色くにごり血管が浮き立つ。
病、なのか?
赤い瞳、汚れた歯を見せキィキィとわめき唾を飛ばす。
あぁ穢れが通り過ぎた跡ぞ。
あぁ何と憐れで悍ましい。
見よ、腐れた魂とは、砕かれた命の事。
腐れた者がなるのではない。
穢れた者が作り出すのだ。
ワタシの呟きは、怒りに満ちていた。
男の体が歪んでいる。
そこにあるはずが、届かない。
おかしいのだ。
屈曲しているかのように実態がつかめない。
その証拠に、兵士達の手から逃れ奇声をあげ続けている。
人の目を眩ませる何かがあるようだ。
それは男の周りの景色までも歪ませる。
私はハラハラと見守るだけだ。
と、一人兵士が男の腕を掴み取るのに成功した。
動きを止めた一瞬、他の者が飛びかかる。
数で押しつぶすのか。
と、身動きが取れなくなる前に、男の腕が先に弾けた。
グチャ、ドシャ、メチャッ
不快で嫌な音。
赤い血?
違う!
掴まれていた腕が弾け飛び散り、兵士がかぶる。
「目を閉じろ!」
声と共に、躊躇いなく兵士に油薬が浴びせられた。
ドンッと空気を震わせて、その姿は炎に包まれる。
「中和!」
炎に包まれた兵士に、灰色の粉が浴びせかけられた。
粉がかかると、炎は一瞬で下に落ち消える。
炎が落ちたのだ。
ドサッと落ちて消える。
すごい。
咳き込みながら焼かれた兵士が横に転がる。
表面は煤にまみれ、毛が焼かれたようだが目は無事で息はある。
人は火傷で死ぬ。
だが、獣人は表皮を焦がしても、肉体再生が上回るようだ。
「畜生、虫だっ!
チクチク噛まれた、気持ちワリぃ」
煤を拭って起き上がった兵士が怒鳴る。
問題ないように見える、よかった。
虫、虫か。
弾けた腕の中身、焼かれずに残ったモノが、地面で蠢いている。
あれは何だ?
赤黒い虫、蛭か?
それが男の腕だった?
蠢くそれを串刺しにしても、中々に死なない。
その蛭を始末する兵士の体に、喰い付こうと数匹まとまって張り付いた。
「頼む!」
モルドが再び少量の油薬を兵士に浴びせる。
表面を焼き、虫を落とす。
これは獣人兵ならできる荒業だ。
他の者、種族では死ぬ。
私は慌てて後ろに下がった。
ザムが私を更に引っ張り、公爵と一緒に岩肌に押し付ける。
「動かないでください」
テトは足元で毛を膨らませて、爛々と目を輝かせて男を見ていた。
公爵も、同じく男をじっと見ている。
じっと、考えている。
そんな彼は、私の視線に気がつくと、皮肉げにほほ笑みを浮かべた。
いつもの、人を誂う笑み。
彼は私の耳元へと囁いた。
「オールドカレムとフォードウィンの昔話ですよ」
兵士達が追いかけ回す異形に、公爵は暗い視線を向けた。
そしてその美しい面、口元が嗤いに歪んだ。
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