第708話 説話 ④
「滑稽ですね。
実に嗤える。
自ら滅びを選ぶ、選ばせる。
我が友の言う通りですね。
あぁ昔話ですよ。
悪事を唆す悪魔は、唆された者を喰らう。
唆された者が襲う相手ではなく、悪魔の甘言に踊る者を喰らうのです。
悪魔が殺すは、不実にも神を裏切る者の方なのです。」
ただの言葉遊びではなさそうだ。
私達が身を隠しているうちに、片腕を弾けさせた男も、逃げ場を失っていた。
兵士が徐々に囲む輪を狭める。
それでも相変わらず歯を剥き、弾けた片腕からは赤黒い蛭を撒き散らす。
ズルリとそれは失われた部分を補うように虫が固まる。
手の形。
虫の手だ。
「便利だなぁ、おい」
カーンは片手で兵士たちに合図を送る。
首と胴体、それに男の手足に縄が投げかけられた。
最後に両足首をまとめて縄で締め上げると、あっという間に引き倒す。
鮮やかで手慣れた仕事だ。
野生動物を罠で足止めし、引き倒したというところか。
もちろん、獲物で肉になるような代物ではない。
相変わらず唾を吐き散らして怒鳴る姿は、人ならざるようで傷口からは虫が溢れ、血のかわりに傷を塞いでいく。
見れば手の指まで虫で再現され蠢いていた。
「お前、何者だ?」
言葉は無く、奇声が返る。
そこで公爵はザムに頼み、岩場から姿をあらわした。
「我一族は、フォードウィンを差し出した。
我が盟友のフォードウィンを、水妖を滅ぼすために差し出した。
双子に化けた水妖を、滅ぼすために差し出した。
自ら喰われ井戸に沈んだのは、我が盟友のフォードウィン。
皆を守って息絶えた。
裏切り者はラドヴェラム。
卑怯者のラドヴェラム。
悪魔に魂を売り渡した愚か者。
これが正しい昔話の結末ですね。
嘘つきは誰でしょう?
嘘つきはお前のような塵屑だ。」
嘲るように公爵は笑った。
異形を前に、美しいその姿は風に吹かれて笑っている。
この世の全てを笑うかのように、妻を差し出した男が笑う。
愛する人を犠牲にした、男が己を嗤う。
そんな公爵の姿を目にした異形は、これまで以上に暴れた。
ぎりぎりと縄目に縛られているというのに、その顔は醜く憎悪に歪み、大声で叫んだ。
「バンダビア・コルテス!
忌々しい悪魔め!
アーシュラが胸を裂いて死んだのは貴様のせいだ!
悪魔は滅びよ!
あの女共々、地獄で蛆に喰われてしまえ!
死ね、死ぬがいいバンダビア・コルテス!
冷酷非道な悪魔め!
呪われ火に焼かれ、はてるがいい!」
「アーシュラが死んだのは、自らの潔白を証明する為ですよ。
彼女を殺したのは、お前達の非道のせい。
彼女が自ら死んでみせた理由を知っていますか?
私もニコルも知っていますよ。
彼女の憐れな願いもね。
そして救えなかった。
だから私もニコルも、甘んじて罰を受けた。
なら、今度は元々の原因たるお前たちの番ではないですか?
神を売り渡したお前達が、悪魔の餌食になる番でしょう。
ラドヴェラムであるお前達の。
ところで、貴方は誰ですか?
その腐れた姿を見れば、卑怯者のラドヴェラムだとわかりますが。
私、虫けら以下の者は覚えていないもので。
あぁそういえば、公爵の血を名乗る嘘つきどもは幾人か知っていますよ。
その内の一人ですかね。
どうやら、今では虫以下、塵にもなりそうもありませんが。」
「死ねぇぇええええ、ぎぃいいぃっぃい!」
「公爵、知ってるのか?」
「以前は、パロミナ・シェルバンと名乗っていた者でしょう。
面影は、まぁ殆どありませんが、声が微かにそれかと。
姿は別人ですね。
彼、銀髪に薄い灰色の瞳をした人族でしたから。」
ホホホと嗤う公爵に、カーンは肩を竦めた。
どうみてもシェルバン公の長命種の親族とは思えない異相異形である。
だが、知らぬと言ってはいるが、公爵はこの男がパロミナであると断定していた。
誂うように問うて喋っているが、顔見知りだったのだろう。
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