第709話 説話 ⑤
「シェルバン公とは血縁か?」
「氏族でも直系ではありません。
貴族籍から抜けて商会をつくり身をたてていた。
外に出ていた筈ですよ。
こちらに戻っているとは知りませんでした。
いえ、寝ていた私が知る話ではなかったですね。」
縄目をかけられた男の頭が、ガクガクと震えて動く。
黄色い目が不規則に動き、口からは絶え間なく罵倒と叫びが続く。
兵士達は男に呼びかけるが、意味のある返答はなかった。
「アーシュラとは誰だ?」
「おや、卿はこの辺りの者の調査を済ませているでしょうに」
「あぁぁ、バンダビア・コルテス!
呪われろぉ!
一族全て、お前の娘も何れ殺す!
悪魔は滅びろ!
悪魔の子もだ!」
「おや、娘はまだ無事のようですね。
ご親切に、ありがとうございます。
まぁお礼として、当たり前のお話をしてあげましょう。
人は必ず死ぬのです。
塵に指図を受けずともね。
そして私が地獄に落ちるのは、貴方方に願われて向かう訳では無い。
私、自らが向かうのですよ、悪しからず。」
笑いながらの憎まれ口に、男は絶叫で返した。
怒りが過ぎたのか、男の体が歪になり霞む。
なにもない筈の男の周りの景色が歪んだ。
歪み撓み、水音がする。
縄目はそのままに、男の体から赤黒い液体がどろどろと溢れ出した。
それが地面へと滴り広がっていく。
人の形からいよいよ解れて、皮膚が溶け中身の虫が透けて見え始めた。
人の形の虫の山だ。
「仕方ねぇ、焼け!」
油薬と火薬、火種が飛ぶ。
それは一瞬で青白い炎を吹き上げた。
人の形の松明だ。
男は炎に包まれたというのに、叫ぶのを止めた。
ゆらゆらと揺れ、崩れていきながら、それでも呪詛を吐き散らす。
悪魔の所為でアーシュラが..死ん
オマエがいるから、死ぬ..んだ
バンダビアが..生きているから、苦しい
オマエタチ、が、シネば
死ね、シネ、オ..マエ...ガ
虫が人の形をとっていたのか、肉の袋に虫が詰まっていたのか。
松明は燃え尽きやがて消えた。
公爵は微笑んだまま、溶けた男を見つめている。
「自らに罪はないと言うのでしょうか。
すくなくともオールドカレムは恥を知っていますよ。
どちらも同じ穴の貉だとわかっていますしね」
「どういう意味で、何の話だ?」
「オールドカレムとは、コルテス人の昔の呼び名ですね。
そしてラドヴェラムが、シェルバン人です。
昔話ですよ。
フォードウィンはボフダン人を指しますが、今のボフダン人ではありません。
昔話のフォードウィンとは、今はいないオールドカレムの妻の一族を指します。
現在のボフダンの親戚で、私達東の血の一つですね。
本来は四番目の東の人族であり、滅んだ者を指します。
今のボフダン人は、その末裔と親類であり直接の氏族ではありません。
つまり先ほどの歌は、東に移住した祖先の昔話を歌っているのですよ。」
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