第680話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑯

 最初から虫が原因だ、寄生虫が元だと口にしていた。

 風土病だと医者は言い、サーレルが笑う意味がわかる。

 わかっていた。

 何も誰も隠してもいない。

 口に出していた。

 今、飲んでいる水が原因だ。

 それが変化し、人を殺している。


「ですが、これを作為と考えると話は変わります。

 病を利用した、攻撃ですね。

 では、誰を攻撃しているのか?」


「長命種ですか?」


「違いますよ。

 誰が変異し、誰の土地が凋落していますか?

 一見すると、シェルバン公爵の土地から災厄が溢れていますね。

 作為をし、近隣に被害を齎しているようにも見える。

 ですが、死んでいるのはシェルバン人だ。」


「望んでの事かもしれんぞ?」


「そうですね、己が民を使って何かをしたのかもしれません。

 ですが、大きく見れば、シェルバンは滅びようとしています。

 民が財産である事、嫌味ではなく、それが真実です。

 民がいなければ、治める土地に意味は無いのですからね。

 では、シェルバン公が攻撃を受けたのか?

 自ら何か愚かしい真似をしてみせたのか?

 そこが問題となります。

 中央王国に損害を与えたのは誰なのか?

 私は確かめねばなりません。

 だから今夜、ここで見届ける」


 サーレルが指さした先は、境界関壁だ。


「どうやって予想をたてた?」


「情報の積み重ねですよ。

 命をかけた情報です。

 私が仕組んだ訳では無い。

 けれど、見殺しにする事は認めますよ。

 確信犯です。

 私を嫌い憎むのは結構ですが、必ず見届け成果を持ちかえらねばなりません。

 その為にも私だけでなく、貴方方の耳目も必要なのです。」


「お前の任務だ。

 憎むも嫌うもない。

 何も言わず、こうしてここに俺もいる。

 同じ事だ。」


 偽悪を装う顔から目をそらし、イグナシオは関を見つめた。


「いいえ。

 貴方の心情からすれば、どの立場の者であろうと助けの手を差し出すでしょう。

 けれど私の仕事のお陰で沈黙を強いられた。

 それには謝罪しますよ。

 あぁサックハイム氏は当事者ですので、あしからず。」


 それにサックハイムは、ため息を吐き下を向いた。

 問題が大きすぎて、差し出される話に追いついていないのだ。

 サーレルはそんな青年を気の毒に思いつつも、イグナシオには笑顔を向けた。


「私には、あの関の人々を憐れむ気持ちはありません。

 慈悲を与える配分の中に、彼らは含まれていないのです。

 サックハイム氏には申し訳ないのですが、私、東の方々をあまり好いてはいないのです。

 もちろん表立って、ボフダンの方々は獣人種だからと蔑ろにしたり差別はなさいませんでしたが。

 ですが、あの関のシェルバン人は違いました。

 あの時、ナシオは彼らに提案しました。

 関に留まり、手伝うと。

 彼らが受け入れたなら、留まる選択肢がうまれた。

 ボフダンへは書状のみを送り、サックハイム氏は関で合流を果たしたかも知れない。

 過ぎ去った選択肢ですが、あの時、留まっていたら彼らに別の働きかけをする事ができました。

 つまり用意はあったんですよ。

 ですが、彼らは我々を追い払った。

 予想通りですね。

 けれどそれは過ぎ去った選択肢です。

 もう、選ぶことは無理なのですよ。

 それに先ほど通過した時、我々からの忠告や助けの手を差し伸べたとして、それを受け取り信じたでしょうか?

 害獣を焼き払った我々を追い払ったのは彼らです。

 そして石を投げ、己が不幸を他人種のせいにした。

 まぁもちろん、この恨みがましい考え方は私のものです。

 神の国に住まうナシオとは違うと分かっていますよ。」


「任務に忠実なだけだろう。

 お前の本心は知らん。

 俺の本心もお前にはわからんようにな。

 さぁ仕事の話だ。

 どうして水が腐る日がわかったんだ?」

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