第679話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑮
「貴殿は、どこまで聞いていた?」
「シェルバンの異変、変異する者の事も大凡の流れだけを。
裁量権は、伯父上からほぼ渡されていますが。
間違いではないのですか?」
「間違いであって欲しいと私も思っていますよ。
ですが、最初から誰も、医者の事です。
彼らは変異した者を調べ、風土病であると結論しています。
だからこそ、誰も口を噤んだ。
一番最初に笛を吹く事を恐れたのです。
エンリケも、フランド上級士官ですが、この推論を押すには、もっともっと事実を積み重ねたいと考えています。
下手を打てば、人族種が消えてしまいますからね。
何しろ、全人類に広がらないという保証もありません。」
「推論、ですよね」
恐る恐ると言った体で、サックハイムが言う。
それにサーレルは相変わらずの笑顔で続けた。
「南部領地の浄化作戦は、簡単に決まりましたよ。
獣人成人男子が倒れ始めると直ぐにね。
推論どころか、助けを求めた段階でですよ。
それはもう獣人種族を根絶やしにする勢いでしたね。
私達は己で己の血を流しましたよ。
そうしなければ、感染者以外の無事な者さえも殺されてしまいますからね。
浄化とは、そういうことなのです。
中央は、我々に死ねと命じ、我々は無事な家族を生かす為に多くの者を殺しました。
すべての種族の幸福の為にね。
それは貴方方、長命な方も含まれている。
ならば貴方方も、見知らぬ誰かの為に、血を流すのは当然だ。
東の長命種族だから許されると思いますか?
中央の、いえ、公王陛下と元老院の者が、種族だけで許しを与えると思いますか?
長命種であるという免罪符を信じているのは、純人族主義者の幸せな夢を見ていらっしゃる方々だけでしょうね。
その点、貴方の伯父上様である公爵閣下は、よく物事の裏を分かっていますよ。
種族などという免罪符が通用するのは、金儲けや世俗の動きのみ。
大陸全土に生きる人間という種を存続させる為には、千年の戦商売を放棄するのです。
戦とは止められぬ商売。
それを止めたのは、人間が滅びてはならぬという種族共通の認識だからです。
さて、この推論ですが、中央には既に届いています。
腐土新法のお陰で、大陸中の異変報告は即座に中央に齎される事になり、公王陛下が議員採決を待たずにあらゆる決定がくだされます。
ですので、未だ確証が得られずとも、長命種という種族に、危険な病の兆候ありとなれば、どうなると思いますか?」
逆に問われ、サックハイムは言葉を失い、イグナシオは天を仰いだ。
「鉱毒、重金属汚染の土地を蘇らせる寄生虫が変化した。
それも人間に病を齎し、種族変化までさせている。
無害とされる水に、猛毒が仕込まれたのです。
それもこの東全体の人間の体に、猛毒が既に仕込まれている。
これがどんなに恐ろしい状況か、わかっていただけましたか?
多分、公爵は貴方に、コルテス公と接触連携、政治調整をお願いしたと思います。
病に関しても、ある程度共通の見解をいただけました。
この認識に関しては中央の見解がはっきりしてから、貴方にも理解させるつもりだったでしょう。
それか我々に同行すれば、こうして理解せざるおえないと考えているのかも。
貴方に裁量権を大きく与えたのは、ボフダンが中央に対して隔意が無い証明と、これから領地閉鎖をし病の流入を徹底して防ぐ構えなのでしょう。」
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