第678話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑭

「そのオカシイとは、扇動者か、反体制派か?」


「現体制への犯行勢力か暴力主義者か、と、普通は考えるでしょうねぇ。

 私はまず、報告された内容を、精査前の物も含めて、ブランド上級士官へと渡しました。

 彼は医務官の資格を持ち、南では細菌などを主に研究する者です。

 私も毒物関係では一家言ありますが、彼は人体にも詳しいので、先ずは医学的な見地を求める事にしました。

 三公領主街での騒ぎで現れた変異者を解剖後でしたので、それなりの推論は出ると仮定してです。

 報告書は虚実混ざる物とは周知の上です。

 誰も現場を見ていないのですからね。

 ただ、私達は兵隊です。

 兵隊の見かたと医者の考えは違うでしょうし、その中で一致する意見があるのなら、その考えは外せない。」


「風土病だな」

「風土病?」


 イグナシオの呟きにサックハイムが、思わず聞き返す。


「彼の推論は、推論です、その辺りはご理解くださいね。

 この話は前に仲間内では一度述べているので、詳細は割愛します。

 変異体とは、体内の寄生虫による病である。

 この寄生虫には、卵から幼虫、成虫の三段階がある。

 そうした成長繁殖に介入する、群れの統率者や繁殖を促す役割のみの個体がいる。

 既存の寄生虫も、寄生先の生き物の行動に影響を及ぼすことを考えれば、この仮定は的外れではない。

 働き蜂や女王蜂のように、繁殖をする為の役割が明確に分かれている。

 寄生虫に当てはめると、産卵を促すモノ、成長を促し繁殖するモノ、集団行動や統率をするモノなど、内部、外部から働きかける役割の何かがいる、とね。

 面白いですし、恐ろしい推論です。

 人間の外見が偽装となっている。

 知能があるように動いているが、寄生虫が死体制御をしている。

 中身の寄生虫が自滅行動を促している。

 人間が罪を犯し、同族を喰らい殺して歩いているように見える。」


「何が原因で寄生虫が」


「まぁ推論ですから。

 最初に水が腐る。

 この腐るという事が、最初の引き金になり、産卵が始まるのではないかという事です。

 この水をブランド上級士官に渡せば、推論を埋める事ができるでしょう」


「関砦の水ですね。あぁ酷い」


「腐っていると我々は感じますが、彼らはもう感じませんでした。

 さて、この水に何かがあるとします。

 産卵され数日で卵から幼虫がうまれると感染発症の初期段階です。

 大凡が三日です。

 この三日で多くが卵からかえり、体力を奪い始めます。

 倦怠感に微熱、普通に寄生虫に感染した状態と同じですね。」


「あの、元の寄生虫はどこから入り込んだのでしょうか?」


「おや、気が付きましたか?

 元々、体内にあった。

 では、駄目ですか?」


「おかしいじゃないですか、異物が元々体内にあったなんて」


「ナシオ、貴方はもう、わかっていますよね」


「水が濁る前から、体の中にあった。

 特殊な産卵をし、次代が変化しただけだ。」


 暗澹となる考えを吐き出しながら、イグナシオはボフダンの青年を見つめた。

 すこし呆然とし、話がどこに帰結するのか気がついたのがわかる。


「本来は無害。

 東マレイラの水に含まれる、例のアレだ。」


 サックハイムは、血色の失せた顔に手をあてた。

 何も言いたくないのか信じたくないのか、口を押さえ呻いた。

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