第681話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前・結

「予想の参考にしたのは、地下水脈の地図ですよ。

 水が原因だとして、変異する者の出現地点を時系列に並べました。

 すると徐々に騒ぎは北の山脈地帯を元とする地下水脈の流れに沿って動いていた。

 上流から下部へとです。

 そこからは細かな調整を試みました。

 それが配下をより多く失った原因です。」

「水脈地図などあるのか?」

「ありますよ。

 鉱山開発とは水脈も調べる事になる。

 地層を調べ、水の流れも調べる。

 機密ですね。」

「よく手に入ったものだ。」

「えぇ信じられないほど死にましたよ。

 彼らの忠誠心は、この土地への憎しみと愛の末の物です。

 多くの配下の中でも、この土地縁の者をばらまきました。

 だからこそ、裏切る事無く命を投げ捨て、貴重な情報が届いた。

 私は報いねばなりません。

 私は絶対に許さず、退かず、報いねばならぬのです。

 さて、地図上では、その北の山脈から続く水源は、シェルバン公爵の本居城を通り、あの関の真下まで続いています。」


「我が領地へ繋がっていますか?」


 サックハイムが思わず問いかける。


「ご安心を。

 大渓谷だけでなく、ボフダン側を分ける硬い岩盤層が横たわり、この水源は海に向かっています。徐々に西南に歪曲し、実はアッシュガルトの地下水脈と繋がっているのですよ。」


 ぞっとする回答に、イグナシオは内心、舌打ちをした。

 つまりボフダン側には繋がっていないが、コルテス側には繋がっているのだ。

 それも中央へ続く街道の近くまで、水が滲出しており海にまで流れている。

 汚染と考えれば、とても安心できる話ではない。


「シェルバン公爵には噂があります。」


 突然の話題の転換に、サーレルを見る。

 当人は、言葉を選ぶような表情だ。


「公爵の孫が、新しい金脈を携えて戻った。

 彼のお陰で公は金持ちになった。

 純人族を尊ぶ公は、その孫が進める隔離選別と長命種の保護に賛同している。

 など、孫の話題が。

 公爵に男子直系の孫はいるのですか?

 私どもの調査では、公の息子に婚姻の事実はありませんが」


 それにサックハイムは、口を開こうとして閉じた。


「どうしました?」


「..先にも言いましたが、シェルバン公爵は、正妻を置きませんでした。

 そして長子とされる方もいらっしゃいますが、実子として届けられた方は、いないのです。

 私の知る限り、三男までは氏族として面に出ていました。

 多分、他にも娘様もいらしたはずです。いずれも、その」


「調査では、シェルバン公以外の氏族で、公の席にでていたのは、外交を担う宗主の弟。

 そして長男次男までですね。

 公爵の妻とされる者の名は公にはされていませんし、親族一同の詳細な関係もです。

 不思議なのですよ。

 まるで誰も存在しないかのように、痕跡がでてこないのです。」


「そう、でしょうね」


「どういう事だ?」


 イグナシオの問いに、青年はポツポツと返した。


「公爵は、息子を公式に認めず。

 氏族の長となるような者は、殺してしまいます。

 女頭領となる事がないように、女子には教育も与えません。

 また、中央へと逃れでないようにと、外に出た者の身内を人質におさえます。

 なので公の場にでる親族というのが極端に少ない。

 誰が死に、誰が生きているのかも、外部の者にはわからないのです。

 フォルケンも、逃れようとはしませんでした。

 彼の愛する人が囚われていたようです。

 公爵の孫が本当にいたとしても、孫の財産を毟って殺してしまうのが落ちでしょう。」


「だが、支持する者がいるからこその、権力の独裁でしょう?」


「はい、男子直系相続にして、女性の教育は無く、女子供は家長の資産にすぎません。

 それを良しとしているのは、やはりシェルバン公爵を指示する氏族がいるという事です。

 あまり突出した力を持たず、それでも公爵によって暮らしを豊かにしている者達ですね。

 多くが公爵の私兵を担う者達です。」


「例えば、あの関にいる者達ですね。

 ご理解いただけましたか?

 さぁ彼らがどうなるのか、心置きなく眺めましょう!」


 サーレルは関に向かって手を広げ、大仰な仕草で笑った。

 変わらずというより、その演技にも慣れているイグナシオは、軽く肩を竦めた。

 何を言おうと、付き合いが長い相手だ。

 その根底に腐れた匂いはしない。

 だからこそだ。


「お前の任とやらは理解した。

 ふむ、よく調べたものだ。

 こうして居合わせたのも神の思し召しよ。

 見届けた後は、今度は俺の番だな。

 兵士だけならまだしも、民を死なせてはならん。

 例え、シェルバン人だとしてもだ。」


 途端に脱力した相方は、額を指で揉んだ。


「..そう言うと思いましたよ」

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