第682話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)後編

「ありがたいと思うべきなんでしょうねぇ。

 すべて荒らされてしまっても、それはそれで困りますしね。

 私が良いと言う迄、介入は無しですよ。

 気取られてはならない、絶対にです。

 我々、中央がように見せないとならないのです。

 シェルバン人を滅ぼす原因を探っていると気取られてはならない。

 あくまでも我々は粛清する為に動いた。

 救いではない。

 そう見せねばならない。

 わかりますか?」


「神の御心のままに、行動するだけだ」


「今回は、神もお許しになりますよ。

 真相がわからねば、東マレイラ人族虐殺の任務が我々に下されますよ」


 サックハイムの顔色が、目に見えて悪くなった。


「冗談ではないですよ。

 先にも言いましたが、良い悪いは関係がないのです。

 原因が何処にあって、誰が悪さをしていたかなど、どうでもいいのです。

 中央は治療不可能の病が伝染すると判断すれば、即座に浄化作業を実施するでしょう。

 そうなると感染の有無も何も確認不要。

 全住民に殺害命令が下ります。

 これを避けるために、南部では我々獣人族自らが隔離と浄化を行いました。

 それができるだけの、土地と人手が残っていたからです。

 ですが、東に、自らを粛清するだけの力は残っていない。

 ならば、全住民虐殺の任を我々が執り行いう事になるのは確実です。

 これを仕方なしとできますか?

 伝染病ではなく、誰かの馬鹿な行いであったのなら、誰かのつまらない我儘のせいであったなら。踊らされてやる事は無いでしょう、違いますか?」


「そうなのか?」


「それを確かめる為に、そこの関の住民に祭りを執り行ってもらう訳です。

 人族を獣人が殺害する行為に益は無い。

 恐怖と差別、無理解に断絶。

 不幸を避ける為にも、今ひとつ堪えてもらいたいのです。」


 答えぬイグナシオに、サーレルが言葉を重ねる。

 つまり、サーレルだとて、シェルバン人すべてを悪とは欠片も思っていないのだ。

 人種で良し悪しを判断している訳ではない。

 それを確認できたと判断し、お互いに程々の妥協点を見出した。


「善処しよう」


「本当に神に妥協をお願いしてくださいね。

 ほら、可哀想に小動物みたいにガタついてますよ、彼」


 狼狽えるサックハイムの姿に、サーレルがイグナシオを突いた。


「うむ、善処しよう」


 ***


 そんな付き合いの長い二人のやり取りの、見えない意思確認など他人からは測れない。

 側で聞いていた青年の顔色が、どす黒くなる。

 改めて、この状況が鬼気迫るものであった事が理解できたからだ。

 南部の疫病封じ込めによって、獣人の民族構成が大きく変わった事は知っている。

 消滅した部族も領地も多数。

 それと同じ事が故郷の地にて起きるのだ。

 今、それを想像できる者がどれほどいるのか?

 青年、サックハイムは理解し、恐怖に心が覆われた。

 彼は中央にて学び、中央詰めの地元官吏からも教育を受けている。

 そして王都に詰める者の考え方、王の考え方も学んでいた。

 中央政府、特に公王ランドールは、決断すれば躊躇しない人物だ。

 伝染病が拡散するとなれば、東の人間を一人残らず殺し、土地を焼却するだろう。

 だからこそ、伯父は自分を元老院の者へと同行させたのだ。

 シェルバン公の愚策に巻き込まれ、ボフダンが火の海にされる。

 現実にあり得る話なのだ。

 住民を一人残らず殺し、街に火を放ち、焼け落ち何もなくなってから、戦争難民を改めて入植させる。そのくらいの破壊活動は屁でもない。

 蛮族どころか、千年戦争を繰り返す国の王は、魔物と同じなのだ。

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