第431話 波路 ⑦

 すぐに道は砂に変わった。

 足がとられて気がつく。

 杖は中に置いてきてしまっていた。

 だが、取りに戻るより、目の前の石積みの小さな階段を乗り越え、海が見たかった。

 広い場所にいたかった。

 なによりも、押しやったはずの混乱に泣くところを誰にも知られたくなかった。

 海を見れば解決するなんて思っていない。

 ただ、強烈な感情を抑えたかった。

 その感情を吟味し、理性的な判断をしたくなかった。

 自分を知りたくなかった。

 歯を食い縛る。

 叫ぶな、泣くな、思い煩う様を誰にも知られるな。

 海風が押し寄せる。

 唐突に浮かぶ事。

 私はこの世で一人だ。

 誰にも何者にも、頼れる相手もなく、この言葉も飲み込む。

 強烈な孤独感。

 ぶるぶると震えが奔り、足がもつれてよろける。

 あぁ、どうしよう。

 どうしよう?

 怖い、怖い、こわい、こわい。

 混乱していく。

 押し込めたはずの混乱に、冷や汗がながれる。

 わかってる。

 誰も呼んではいけない。

 何者にも問いかけてはいけない。

 私は怪我人を見ただけだ。

 怪我人を見て、狼狽えただけだ。

 他には、


「わかってる、嘘つきは私」


 そうだ、わかってる。

 傷に怯んだ訳じゃない。

 死を見てとり怖くなったんじゃない。

 私は石段を前にして立ち止まると、息苦しさに喘いだ。

 それにお節介にも、彼らは語りかける。


(僕たちを恨んでいいよ。

 でもね、これは僕たちが作り出したことじゃない。

 彼らの願いであり、見たままの事だ。

 それに君は部外者だ。

 ここでも君は遅き者なのさ。

 言い方は悪いけれど、君が傷つく事は無いんだよ。

 それでもと君が選ぶなら、君の無駄な優しさで救われる者もいるだろうさ。

 そう、君は理解している。

 だから苦しいんだよ。

 君は、これ以上、怖い事が起きないように、何かできないかと考えてしまった。

 傲慢にも、君はね。

 だから君にも、選ぶ事ができるのさ。

 君は、選ぶ事ができる。

 例えばだ、君は

 これは賢い選択だ。

 死体は焼けば灰になるし、嘘も消えてなくなるかもしれない。

 そして君はで生きていける、かもね?

 他にはそうだね、皆にして回る。

 誰かは信じてくれるかも知れないし、偽善者として自己満足できるね。

 でもこれはこれでだね。

 君は善きことをしたつもりになるけれど、誰かにとっては最悪だ。

 嘘つきの笛吹だと言われるかもね。

 今回の沈没は、事故ではないと根拠も出さずに言い回る?

 そもそも、どうやって船を沈めたか、君は知る事も無いだろう。

 知ってもどうにもできないだろうしね。

 さて、手段は知らないが、多くの人が殺されている。

 君は知った。

 事故じゃないだろうってね。

 落ち着いて、オリヴィア。

 小さな僕たちのお姫様。

 ひとつだけ確かな事がある。

 これは君の悲劇ではない。

 だから、最善の手は、君自身がいつも心に備えを持つ事だ。

 どうにかするんじゃない。

 火の粉を払い、己ができる最善を選ぶだけなんだ。

 そもそも、


 は、心配してただけ、だよ」


(死者はね、怖くないんだよ。お姫様)

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