第447話 絵札 ⑦

 絵札。

 札遊びで使う物より、一回りは大きい。

 すべてに細密で美しい絵が描かれている。

 手を出さず、それを見る。

 彼女は言葉を濁していたが、墓石の絵は、死だろう。

 暇つぶしの余興。

 わかっている。

 余興であって、余興ではない。

 子供の小遣い稼ぎではない。

 彼女は既に力ある占い師という生業の者だ。

 見れば見るほど、この絵札にはぎっしりと力ある言葉が詰まっている。

 グリモアの目を通せば、鱗粉のように舞う輝きが見て取れた。

 何の力も持たない者が握れば、統制もとれない代物だ。

 切り分け意味ある答えを表すのは、そういう事だ。


(お遊びさ。

 答えではない。

 これもまた助言なのさ。

 火を囲む三人の女、憎悪と怒り、そして忘却。

 湖、汚辱の秘密。

 まなこ亡き神は、救いなき混沌。

 読み方を変えたら、嫌な札ばかりだ。

 取り上げた札の意味を、詳細に説明しようか?)


 沈黙するんじゃなかったのか?


(ふふっ)


 やり直した意味はわかる。

 来年の今頃、私は死んでいるのだ。

 彼女は幾度も札を替えた。

 悪い運勢が続いたからだ。

 善き魔女なのだろう。

 おかげで、気持ちが楽になる。

 死ぬという運命からは逃れられない。

 あたり前だ。

 人は皆、死ぬ。

 私は来年にはいなくなる。

 だからこそ、生きる努力をしろという事だ。

 安堵して死を待ってはいけない。

 善き魔女は、公平な心を持ち、生きろと言っているのだ。

 小さな子供の助言に、笑みが浮かぶ。

 堂々した物言いの祖母だったのだろう。それを真似して、大人も顔負けの占い言葉だ。

 これで将来、歳を重ねればさぞや貫禄のある占い師になるだろう。

 再び、絵札を見て笑いをおさめる。

 善き魔女はいた。

 では、悪い魔女はどこにいる?

 私が知るべき罪科はどこに?

 邪悪な行いとは何だ?

 グリモアの知識が動きを見せる。

 神の札を見ながら考えに耽っていると、不意に髪に何かが触れた。

 銀の拵えに紫の小さな水晶飾り。

 その髪飾りが、ぐいっとばかりに髪に差し込まれたのだ。

 ついでに耳にも飾りがつけられる。

 私が眉を顰めると、子供が満足そうに頷いた。


「ついでに、首飾りはどうだい?

 旦那、羽振りが良さそうだから、揃いのを買いなよ。

 小さいけど美人なお姉ちゃんだ、飾り物ぐらい奮発しなよ。」

「小さいも余計ですけど、勘弁してください。

 何も買わなくていいですから、カーンの旦那、乗せられないでください!

 こら、だめですよ!」


 土産物を手にする男と、売りつけようとする子供の間に慌てて割り込む。


「いきなり立ち上がるんじゃねぇよ、足に負担がかかるだろうが」

「そうじゃないでしょう、何を買わされてるんですか。買うのなら自分の物を買ってください」

「いや、こんな店で男が何を買うんだよ、ほら、こっちのほうが高そうだ」

「そうだぞ、お姉ちゃん。男が買うってんだ、どんどん買わせなきゃ駄目だよ」

「駄目だよじゃありません!」


 更に飾り物に手を伸ばす、男の腕を掴んで止めるのだった。

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