第57話 グリモアの主 ⑨

 死者が群れをなすと、近隣の生き物が死ぬ。

 生き物が、虫に至るまで死ぬと、土と水が腐るんだ。

 土は養分が抜けたみたいになった後、ベタベタした泥になる。

 生臭い泥だね。

 水は腐って飲めない。

 まぁ腐敗して虫がわくような感じじゃないよ。

 虫も死ぬような毒水って事だ。

 そうして一つ二つと村が死ぬ。

 村が死ぬと大きな街が死に、近隣一帯の大気がおかしくなる。

 淀んで腐ってるだけじゃなくて、厭な風が吹き出すんだ。

 昼夜、いつも空は荒れはじめて、大気は濁った厭な臭いがするんだ。

 時々、吹き付ける風が、腐った場所からだと大変なことになる。


「腐土風って奴で、それが吹き付けると発狂する奴がでる」


 信じられないか?


 腐土が絶滅領域ってされた理由は、化け物ばかりの事じゃない。

 俺もさ、信じられないよ。

 ヌルい夢の中を泳いでいるみたいな気がするよ。


 停戦後、東南の地域は封鎖された。

 戦犯とする証拠を待たずに処刑でもされるのかと思っていた。

 俺達、少なくとも俺とこの仲間だけは、ちょっとばかり脳みそが残っていたからね。

 もう、公爵は異質な部分を隠さなくなっていた。

 そんな彼に、兵士をそのままに預けておくわけもない。

 中央軍でも南部の獣人が仕切る主要兵力が、腐土封鎖に派兵されたと同時に、解散となった。

 公爵自身は、司直に渡されなかったけどね。

 どうしてかって?

 そりゃぁ死人は裁けない。

 俺達と少数の残りを引きつれて、彼は自分の乳兄弟を頼った。


「大公家の方か」

「見たのか?」

「追手の男に、首を狩られたぞ」

「狩らせたんだ」

「何故?」


 腐土は頭をおかしくするが、人間を変える場所でもある。

 人間を、一歩、先に歩ませる場所だ。

 力が増え、精神が尖り、人以上の能力を開花させる。

 腐土と名付けたが、もっと馴染んだ言葉が元からあるんだ。

 冥土だ。

 だが、男は本当に、この世を腐らせる事を望んでいたのか?

 この世を地獄にしたかったのか?

 変質を望むのならば、俺達を増やせばいい。

 停戦になったからか?


「違う、もっともっと進ませる事はできたんだ」


 だが、男はここに来た。


 何をしに?

 彼の手にはオラクルがある。


「オラクルって」

「予言書だよ、それも不完全なオラクルだ」


 男の手にあるのは、不完全なオラクルだ。

 失われた断片を補うには、たくさんの血と犠牲が必要だ。

 血が呼べば、歌が聞こえる。

 ジグで聞いたのは、オラクルだ。

 俺達には、幾許かの血が混じっている。

 俺達が罪を犯せば、オラクルは力を増す。


 公爵の望みはわからない。

 けど、確かな事は一つ。


「大公家の中で、あの五番目の男は、必ず殺さねばならない。そう公爵は考えていた。」

「なぜ?」

「わからない。けれど、そう考えている時は、彼は正気だったよ。」


 人殺しが正気の時があるのかは、謎だけどね。

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