第190話 食前の祈りの前に

「そろそろお腹がすきましたね。護衛の方もそろいましたし、物見遊山ものみゆさんを始めましょうか」


 重苦しい空気を断ち切り、サーレルはラースを促した。

 部屋の外、おとなう気配に先んじての言葉に、ラースは私達の方へと顔を向けた。


「えぇ、では始めましょうか。君たちには少し我慢をしてもらう事になる。すまないね」


 その言葉の直ぐ後、二人の護衛が部屋に訪れた。

 護衛一人を室内に残し、ラースともう一人が案内へと先に立った。

 何よりも優先するのは水場と厨房だ。

 その為、途中、食事や飲水がどのように作られ運ばれているのかを、順をおって説明を受けた。

 毒を含んだ物を探す。

 侯爵は、人ではなく毒を探す事を優先するようだ。

 持ち込んだ者の事は二の次といったところか。

 それが誰の悪意であるか、わかっているからだろうか。

 息子を殺し、侯爵をさいなみ命を奪おうとする相手。

 なぜ、ここまで放置した?

 証拠を集めている?

 私達が呼び水となるのか?

 どちらにしろ、迷惑な話だ。

 なれば最速で原因を探し出し、本来の目的へと軌道を修正すべきだ。

 一番大切な事は、エリの今後の暮らしなのだ。

 もどかしいが、あの赤い文字が何処から入り込んでいるのか、早々に突き止めねば話にもならない。


 城の厨房は水回りの良い場所に作られていた。

 川の流れがある、城館の北東側だ。

 備蓄の貯蔵庫も北側にあり、火も使う事からの位置取りである。

 飲水は井戸と川の水を浄化して使っているとの話だ。

 井戸は城中にあり、厳重に管理されている。

 引き水の方も見てみたが、何ら目につく事もなかった。

 そしてついでとばかりに、川から取り入れられ堀へと続く水の説明も受けた。

 城の堀の水は、北東の河川から引かれたもので、流れは思うよりも早く綺麗なものだった。魚影さえも時折見かけるので、川は人が出す汚水を流す事はしていないようだ。

 どこかに汚水処理の場所があるのだろう。

 水回りを見、お堀まで見物したので、その堀から程近い地下の洗濯場などの使用人の領土から見る事になった。

 様々な人々が目まぐるしく働いており、物珍しい事も確かだ。

 エリの様子を見れば、嫌がる様子も疲れたような感じもない。

 後で、手持の干し肉を渡そう。

 そんな城館の裏方は、賑やかだった。

 毒を盛られた領主や城下の混乱は見受けられず、内心は別かもしれないが活気があった。

 それでも私達が顔を出せば、一時平伏して仕事がとどこおる。

 申し訳ない限りだが、私とエリは、一々全ての案内を受けた。

 そうして下働きの部屋まで案内され戸惑うも、何も無いことから油断をしていた。

 エリも私も、物珍しい景色に意識が緩んでいたのだろう。

 そして不意打ちの、簡素な食卓に置かれたモノに凍りつく。


 下働きの昼食に、赤黒い文字がうごめいていた。


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