第730話 俺は変わったか? ④

「彼らをヨランダに逃がしました。」

「西の砂漠にある街だ。

 砂漠の奥地に古代の遺跡があってな、発掘調査の中継点になっている。

 仕事はいっぱいある場所だ。

 余所者も多いから、逃げ場所としては目立たない。

 ニルダヌスが口利きなら、うまく潜り込めただろう。」


 カーンの補足を聞きながら、私は妙な心持ちになる。

 ニルダヌスは己が罪を認めているし、彼の知り合ったとする魔導師の男も、逸脱した感性の持ち主ではないように思えた。

 だとしてもだ。

 善意から呪物を渡すとは信じられず、迂闊だとも思えない。


 カチカチカチと歯車が噛み合うように、朧気な手札が揃ってしまう。

 だが、私に答えはいらない。

 それはグリモアの演算であり、オリヴィアという私の考えではない。

 考えるなという制止を自分でかける。


 再び己に問う。

 私に何ができるのか?


 一介の狩人には、何の責務もない。

 ただし、グリモアの主であり供物の我が身は、間違いを正さねば


 違う。

 私の望みは何だ?


 私が選ぶ事で、皆の暮らしが失われない事。

 宮の主が裁定により、人の暮らしが翳らない事。

 私の愚かしさで、誰かが不幸にならない事。


 私は責任を負いたくないのだ。

 私が原因になりたくないのだ。

 強い人間ではないのだ。


 だが、正さなければ

 そも間違いとは?


 今思い浮かぶのは、不死者の王が施した術だ。

 この術を消し去ろうとした理由は何だ?

 東の土地を鎮護する術。

 魔導師は手を貸したかもしれないが、コルテスの土地にて非道を行った者は下等な術を使う呪術士であろう。

 それらが何をし、何を目的としていたかをあぶり出し制裁を..


 違う。

 それは私の考えではない。

 妙に考えが乱れていく。


 もっと強く賢い、そう神殿の者が事に対処するべきではないのか?

 と、弱腰の私が言う。


 最善とは厄介ごとから逃げる事ではないのか?

 だが、その一方で、無惨にも命を奪われた者を知り、力を呪いとはいえ与えられた身として、何もせぬのは人として間違っているとも思う。


 女達を殺した者どもに報復が必要だと私も同意したではないか?

 これは供物としての私の考えだ。


 殺された女達の苦しみや悲しみ、辛さ。

 夏の空を見上げた姫の心。

 何もかもが恐ろしく苦しく、悔しい。

 だが、それでも私が力をふるう事で、誰かが不幸になったらと躊躇ってもいた。


 あぁだから、混乱していたんだ。


 私は怖くなったのだ。

 行いができる事に気がついてしまったから。


「どうした?」


 力を得ると、人間は傲慢になる。

 私は、誰かを傷つける力のない者だった。

 傷付けられる事を恐れる立場だった。

 糊口をしのぐ為に狩りをし生き物の命を手にする。

 私が責任を負える命は、我が身と糧のみだった。

 狩りをし肉を捌いたとしても、誰かの人生を奪い取る力は無い。

 それで十分だった。

 義務も責任も大きすぎて背負えない程の力は、いらない。

 誰かと仲良く生きていけたら十分だった。

 そんな力は、いらないんだ。

 欲しくないんだ。

 でも、選んだ。

 後悔しても、選ぶ道はきっとかわらない。

 私は、弱虫だ。

 弱虫だからこそ、同じ道を何度でも選ぶだろう。

 そしてもう、今更、人間には戻れないんだ。


「どうした、調子が悪いのか?」


 カーンの問いかけに、私は文字を綴った。

 心の中の恐れと寂寥を悟られたくなかった。


(東マレイラには鎮護の道行きが敷かれ、守護の力が巡っています。

 その力、術を巡らせるには要の石、特別な場所や物があると思います。

 例えばニコル姫の墓のように特別な儀式地ですね。

 この鎮護の道行きに相応しいそうした場所は、三公爵様方の土地にもそれぞれあるのでしょうか?

 それにより守護を得ていらっしゃるのでしょうか?

 国護り以外の、何か特別な意味があるのでしょうか?)

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