第726話 人の顔 結
「話を元に戻せ」
暗い表情のまま、バットがやっと言葉をひねり出す。
不穏な雰囲気だが、当のニルダヌスは少し微笑んだ。
公爵は少し脱力したように、中空を見ている。
何か深く考え込んでいる。
「神官様は水の出どころと祭司と巫女が何者であるかを探っていたようです。
結局は、先に体調を崩され儚くなられた。
水妖は、人を食いますが、不実を憎むのです。」
「意味のわからぬ話をするな」
バットはどこか、恐れているように見えた。
何を恐れているんだ?
「同じなのです。
毒を飲んだのは誰ですか?
レンテは死にましたが、私達を逃した。」
「何を」
「井戸に沈んだのは誰でしょう?」
「同じですね」
公爵は、ゆっくりと目を瞬いた。
「同じです。
双子の娘ですね。
フォードウィンの双子です。
始まりは、双子なのです。
井戸に落ちた双子は、水妖によって戻されました。
水妖は、水に落ちた双子を助けたのです。
けれど、子供を取り戻したフォードウィンは、水妖を化け物として滅ぼそうとしました。
私達の見かた考え方が正しいとは限りません。
人間は、実に愚かですからね。
そして裏切られ滅ぼされようとした水妖を助けようと、双子は戦いました。
私達に都合の良い昔話では、悪者は水妖で双子は水妖だったと伝えます。
ですが、本当に悪いのは誰でしょう?」
「レンテの腹にあったモノも人を殺すでしょう。
ですが他の人間も同じです。
住民を襲うモノも、狂った人の行いからです。
同じです。
怒りの元があるからこそ、集う。」
誰かが何かをした。
そのまま言葉を受け取れば、アッシュガルトに変異体が集まるのは、原因があるからだ。
原因?
変異体はマレイラ内地からだ。
原因は、内地ではないのか?
何かおかしい。
人が襲われているのに。
それでは、人が襲われるような何かを。
ニルダヌスを通して語る何かも、公爵も偽っている。
語る話に嘘はないが、原因や本当のところは話していないと感じた。
聞く者によっては、どうにでも解釈できるような事を喋っている。
そして本当のところを知る者には、隠された比喩が伝わった。
多分、ニルダヌスの話で公爵は、今、起きている事々を理解した。
ニルダヌスは、伝えるべき相手に伝える事ができて安堵している。
彼は、己が役割を果たしたのだ。
私が賢ければ、彼らの会話の意味がわかるのに。
グリモアに問うか?
沈黙をする彼ら。
駄目だ。
ろくな事にならない。
私がすべき事。
見定め、知り、失われた命に向き合う。
少しでも、私の知る人達の先に灯りがともるようにしたい。
ほら、考えて。
皆の話が難しくても。
恐ろしくても。
考えるんだ。
ニルダヌス、公爵、二人共が言っているのは、人が元である事だ。
だから、その元が正されなければ終わらず、結局は..
二つは、一つ。
双子は表と裏。
同じ。
アッシュガルトで争うは、そこに罪があるから?
同じ?
あぁそうか。
ニルダヌスと公爵は言っているのだ。
誰が無実で、誰が罪人であるか。
この東マレイラでは、区別ができない。
何故なら、皆、罪人であり被害者だ。
変異体と称する者達が集うにも理由はあるはずだ。
災禍?
ふと、不死鳥館にて考えた言葉が浮かぶ。
天罰
しっくりとする言葉に、震えがはしる。
天罰、ならば、ニルダヌスが災禍を避けよという意味がわかる。
手出し無用。
悍ましきモノを退けるは良いが、神の意思があるなら介入してはならない。
(旦那)
「どうした?」
(紙と筆をお願いします。少し、聞きたいことがあるのです)
喋れないとは、不便だ。
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