第725話 人の顔 ⑮
「すみません、少し..この私でも堪えられそうもない。
あぁ、人は老いて愚かになるものだ。
大切な事を忘れ。
都合の悪い事も忘れてしまう。
それでも守らねばならぬ事はあろうに...。
鉱毒被害はシェルバンの奥地からでした。
その時にも同じような流言がまことしやかに広がったのですよ。
毒水ではない。
飲めば幸せになれるとね。
誰が広めた話なのか、まぁお察しですね。
何を得たかったのかは理解しかねますが。
実に東マレイラ人らしい策略でしょう。
あぁすいません、話の腰を折ってしまいましたね。
続きを..」
公爵は目元を隠すように手で押さえた。
笑っているのだろうが、私には痛ましい姿に見えた。
「その話は、アッシュガルトを中心に、ある水を毎日飲み、新月の頃に儀式を行うそうです。
神官様と街の医者が、その水を手に入れ調べたそうです。
中身は、やはり毒水でした。
公爵様がお話になられた通り、鉱山から流れ出た物かと推察していました。
飲むと判断力が落ち、体が健康になったかのように思えるそうです。
ですが、実際は極度の貧血に末梢神経の麻痺がおこる。
この集まりには、司祭らしき者と巫女のような存在がいるそうです。彼らと接触したのかどうかは手帳を読んだ限りではわかりませんでした。」
「何故、死んだ時に我々に申し出なかった」
カーザの問いに、ニルダヌスは不思議そうに彼女を見返した。
「言葉を理解しない相手に、何を言えば良いのでしょうか?」
ニルダヌスは淡々と続けた。
そこに皮肉は見えない。
絶句するカーザとバットの二人を、不思議そうに見つめていた。
「神官様は死ぬまで貴女方には相談しなかった。
当然でございましょう。
神にお仕えの方々ならば聞こえたはずです。
囁きは水の流れにあるのですから彼女達に嘘は通じません。
罪人の名は常に流れに乗り巡るのですから。
去ったとしても、傍らに控えている。
だから..私は..
己が恐れに勝てなかった者には、何も言えないのです。
それにどうやら、貴女達は本当に気がついておられない。
受け取ったモノが何であるかも、売り払われたモノが己が命運である事も。」
「貴様!」
「少し、黙っていていただけますか?」
公爵はバットの恫喝を遮った。
「それは私が知るモノでしょうか?」
「たぶん、ですが、何処にあるかまでは。
それに災禍は避けねばなりません。」
「災禍ですか。
それで誰に聞かされて、何も言えなかったのかね?」
「誰、でしょうか。
実に宿る意思は大きく、私を押しつぶしていました。
アレが何であるのか、
「大嘘憑きめがっ!虚言ばかりを吐いても、お前の罪は軽くはならんぞ」
バットの言葉に、何故か公爵とニルダヌスは冗談を聞いたかのように笑いあった。
「どういう事だ?
公爵、何がわかったんだ?」
その様を見てのカーンの問いに、公爵は頷き、ニルダヌスは口を閉じた。
「いえ、誰が裏切り者か、誰が馬鹿をやったのか理解できました。
そうですね、彼の話は私の嘘より、本当、かもしれません。
あぁ酷い、まったく、酷い。
バルドルバ卿も大変ですね。
何、後ほど卿とは話し合いの場を設けたいと考えています。
その時にお話しましょう。
巫女様に私の不始末を聞かれたくはありませんし、なに、ここの方々には関係のない話ですからね。」
触れる手が無意識に強張る。
彼の表情や態度には、それ以外の感情の揺れは見えない。
だが、触れている私にはわかった。
公爵の理解した事は、カーザ達には聞かれたくないし、良くない話なのだ。
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