第193話 食前の祈りの前に ④

 念の為、城館の食料庫にも立ち入り確認後、兵によって封鎖した。

 城塞内の人の口に入るであろう物、兵站へいたんや貯蔵庫のある館外まで巡り、確認が終わる頃には陽も暮れた。

 こちらも流石に体力が尽きかけ、エリだけは確認後の水を飲ませ、手持の干し肉をかじらせる。

 私とサーレルは、侯爵でさえ水しか口にしていないので、そこは同じく水だけでしのいだが。

 まぁ一日喰わずとも死にはしない。

 館内も城塞内の人々も、会う誰もが、不思議と何も問わなかった。

 城下の確認がまだである為、口外できない事々を恐れたのかもしれない。

 そしてサーレルが言う通り、身分下の者の方が知る事もあるのだろう。

 一応の目を通すべき要所を確認し終えたのは、既に夜更けといってよい頃合いだった。

 エリは眠気を覚えて、歩みも覚束おぼつかなくなった所でラースが抱えた。

 私が背負おうとしたが、慣れた様子で抱えあげる。

 子供がいるのかと思ったが、先に苦笑うと彼は言った。


「親類縁者が多いので、下の面倒を見るのはいつもの事だ。

 それに二人共、今日はよく付き合ってくれた。

 我らの困窮こんきゅうに手を差し伸べてくれた事、感謝する。

 決して此度のことは忘れず、報いよう」


 と、言葉は硬いがエリの背中を軽く叩くと優しく笑う。

 眉尻の傷が下がり、暗い色の瞳が輝く。

 厳つい雰囲気に青白い頬、それでいて血色は侯爵よりもあり、長命種族らしい目の輝き。

 長命種族だから似ているのか、同じ氏族だから似ているのか。

 エリを抱えた姿は、よく侯爵に似ていた。


(学問的な話なら、少ししてもいいかな?

 アイヒベルガーの氏族の瞳の色は、長命種特有の色ではない。

 虹彩の色は、長命種でも他人種とは変わりないんだよ。

 ただ、発祥地の違いで多少の色味に変化が産まれる。

 西の起源を持ち東マレイラ方向(王都より更に東)へ移動した者の多くが、薄い色の瞳を多く持っているんだ。

 だから、亜人種だから薄い瞳の色という考え方は間違っている。

 西の起源の長命種は三系統。

 薄い空色、薄い緑色、それから君のような琥珀色の者が多いね。

 銀や金の散った虹彩は共通だけど。

 さて、アイヒベルガーもやはり西が起源の長命種族だけれど、東に移動した三種族とは異なる色合いだ。

 多くが濃い青色の系統だね。

 藍色、紺色、黒が入った色も多い。

 混血種になり、種族の傾きが短命人族種に傾くと、その瞳の色合いが一気に薄くなるんだ。

 つまり、濃い青系統、それも黒を混じらせた色は、アイヒベルガー特有の色なんだよ。

 もし、他の地域でこの色の長命種と出会ったら、血縁と考えていい。

 因みに、獣人は除外。

 彼らは姿かたちを変化させるのが得意だし、色味も変化できるんだよ。万能な種族だよね。)


 私達は再び侯爵の部屋へと通された。

 侯爵と一緒に食事をとるようで、小卓に並ぶのは、彼と同じ物だった。

 水差しの水も、料理も、器も、赤い色は無い。


「食べてもよいか?」


 侯爵の問いに、エリは頷いた。

 まるで立場が逆のようで、それがおかしくて、皆、笑った。

 侯爵自身も始めて笑顔をみせるのだった。

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