第194話 祈る男
男が一人祈っている。
美しい
男は膝を付き、一心に祈っている。
私は、そんな男の背後に立つ。
否、男の背後に立つのは、青白い顔の男だ。
そうして少し悲しげに、祈る男を見ている。
悲しい表情は、何処かで見たような気がした。
これは夢だ。
祈る男、眺める男。
なのに、ゆっくりと祈る男の背後にいた人は、こちらを見た。
私を見た。
ゆったりとした革の外套。
高い身分を思わせる乗馬服。
『気に病むことはない。そう伝えてもらえないか?』
動かない唇から、落ち着いた声音が落ちる。
『伝えて欲しい。
罪は為した者にあるのだ。
決して、お前の所為ではない。
故に、お前は自由である。
悪は、為した者に宿る。
彼らはお前を、さも罪人の如く
だが、お前に罪はない。
お前は、自由だ。
お前が痛みを覚える必要はない。
何故なら、非道な行いをしたのは、お前ではない。
そしてその非道な行いの報いは、必ず為した者にかえるのだから』
男の首は中程まで断ち切れていた。
首の骨でかろうじて、受けた刃が止まったのだろう。
私の視線に気がついた彼は、そっと左手で喉を押さえた。
『気をつけるのだ、供物の女よ。
腐った魂は、見た目ではわからぬ。
迷う心と腐れた心は、取り違えやすい。
だが、ようよう触れ見れば、まったく似てはおらぬのだ。
偽りに騙されてはならぬ。
我のように。
美しい包み紙の中身に、真心が詰まっているとは限らない。
我は、それが見抜けなかった。
せめて...』
***
二週間ほどかけて、私達は城下町を冒険した。
何れも、金属の
つまりその工程の何れかで、この毒が仕込まれたのだ。
元々の金属が汚染されているのか、鍛冶の段階なのか仕入れの前か後か。
手入れの時にかと、可能性はいくらでもある。
だが、それを突き止めようとは、侯爵はしなかった。
見分けがつかないが、犯人を知っているのだろう。
そしてこの毒の目的が何であるかも知っているのだろう。
標的になっているのが、氏族の裕福な家庭や侯爵の回りだけなのも、今更なのだろう。
私達の証言だけで、証明ができないからかとも思った。
けれど、侯爵が指示したのは、あくまでも悪い物を取り除く事だけだ。
そして新たに手にする金属類を厳しく統制し、手を加える時にも当面は見張りを置くとした。
毒の解明が済むまでは、私とエリが見て良いと判断した物以外、新規の品は購入しないとも。
今の所、新しい病人は出ていない。
体調不良の者もだ。
侯爵の病状も安定し、医師は余命を取り消した。
良いことだ。
良いことなのだが、私は毎夜、夢を見る。
城館に滞在してから、毎夜だ。
カーンなら、夢は夢だと笑うだろう。
だが、私は笑えない。
祈る男の顔は、どうしても見えず。語る男が誰かを考え、気持ちが暗く落ちるのだ。
***
『...気をつけるのだ、供物の女よ。
が、そろそろ目を覚ます。
罪咎に関わりない者にまで、
祈る男が振り返る。
いつもそこで、夢から覚める。
問いたい気持ちをかき消して、私は毎朝、ため息をつくのだ。
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