第195話 フリュデンへ

 毒は何処からもたらされたのか?

 刃物や調理道具は、仕入先も様々であったし年季の入った品から、おろしたばかりの物もあった。

 詳細に調べれば共通点は出るはずだ。

 城外にいたれば農作業のくわの刃にまで及ぶ。

 塗って使う毒、液体や粉でもない。

 毒としているが、それが実態のある物なのか不明だ。

 そもそも毒なのか?

 ただ、そう問うてしまえば、アレが喋りだすだろう。

 それは夜毎の夢と同じく妄想でなければならない。

 なれば私は、口をつぐむだけだ。

 そこでどうやって見分けるのかと聞かれれば、種族特性だという便利な言い訳を使った。

 原因を探る者からすれば非常に胡散臭く、弱った侯爵に取り入ろうとする輩にも見えただろう。

 幸いにも、目に見えて侯爵の健康が戻り、すべてが是とされる。

 エリは幸いを齎した者として、中々に好意的に遇されもした。

 元々、サーレルが喜ぶような饗しを侯爵が許すわけもないが、死すればそれもわからない話だった。

 トゥーラアモンはアイヒベルガーの本拠地であり、侯は常に正しい。

 間違っていたとしても、彼は支配者として正しくなければならない。

 彼が復調するという事は、彼の考えと存在が全てになる。

 だから、私達の滞在を侯爵が望めば、それに意見を言う者はいない。

 何事もなく滞在していたのなら、それほど居心地が悪いとは思わなかったろう。

 けれど、城下も含めてアイヒベルガーの地は、緊張が続いている。

 誰も口にしないが、侯爵が復調すれば大きな争いが始まるからだ。

 単なる事故や疫病だとは、今では誰も思っていないのだ。

 これからは同じ氏族同士の殺し合いの時間だ。

 と、この地に住まう人々は考えているのだろう。

 だから、争いが起きるのは当然としても、口火を切るきっかけを作りたくない。と、誰もが緊張している。

 これでは落ち着いて、エリを預けるなどできない。

 それに毒見役として、このままエリと私が残る事も問題だ。

 原因も追求せずに無期限の毒見役としてはべるのは、ありえない。

 内乱に立ち会うのだけは避けたい。

 そもそも原因も犯人も曖昧に濁している。

 エリの村の事も、この争いの一部と考えてもいいような気さえする。

 同じ氏族で殺し合う。

 村で起きた事も、同じ暮らしをしていた者どうしの事。

 アイヒベルガーの領地内の不穏な動きとシュランゲの壊滅がまったくの無関係とは思えない。

 ただ、この争いがどうなるかによっては、ここを引き払ってしまうのもありだ。

 それをしないのは、犯人にエリが狙われる可能性を潰したい事。

 侯爵自身がエリを気に入っているので、身の振り方に温情をいただけそうな事。

 エリが長命種である事が理由だ。

 エリは、身元不明の長命種だ。

 同種の元で暮らす事がいいと思うのは変なことではない。

 侯爵自身が、エリを気に入った様子なのも留まる理由のひとつだった。

 だからこそ一応の落ち着きを保つ今、私達はレイバンテールの奥方に会いに行く事を願った。

 トゥーラアモンから更に北東に位置する古い城塞後であるフリュデン。

 そこの街長であるレイバンテール氏の奥方に。

 彼らと侯爵が、表立って殺し合う前に会いたいと願った。

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