第434話 野良猫 ②

 近づくと、早朝の漁から戻った後なのか、道具の手入れをする男達が見える。

 魚の加工をしている女達、子供たちも某かの作業をしているようだ。


(おもしろいね)


 ぽつりと呟きが落ちる。


(なるほど、んだね)


 意味の繋がらない言葉だ。

 気になるが、は答えを言わない。

 私が見えるのは海と漁民だ。


(思うより、ここはであるという事さ。

 さぁ食事だ、美味しいものはあるかな?)


 食べないのに?


(実は主がうまいと感じれば、僕たちも美味しいのさ)


 冗談?

 五感の共有もしていると?


(君の痛みを感じる事もできるよ。

 心に受けた痛みもね。

 感じるだけで、同じ気持ちや考えになるわけじゃないよ。

 逆を言えば、君は僕たちを理解できるし支配もできるだろうね)


 支配、無意味。


(そうだね。

 気持ち悪い話だ。

 まぁ何が言いたいかってさ。

 君が感じた絶望?

 孤独って感情は、ちょっと間違ってるかなぁってね)


 主だから死者と話せるから一人ではないと?


(違うよ。

 現実に君はひとりじゃない。

 食事処を探している、この馬鹿な奴だっている。

 君が知り得た人々は、君が助けてと言えば大慌てで手を差し出すだろう。

 他人だから?

 家族じゃないから?

 家族、友達、恋人、血族。

 関係性で繋がりが確かだと思う?

 手を取り合い生きていくためには、家族じゃないと駄目かい?

 本当は知ってるよね。

 人間同士、わかりあうのは大変だ。

 家族だってわかりあえない事もある。

 その反対に、まったくの他人と仲良くできるし助け合える事もある。

 孤独だと感じるなら、それは君自身が孤独だと思い込ませているからさ。

 ふふっ、僕らしくないかい?

 まぁそうだね。

 ここからは、グリモアらしい話をしようか。

 お代はいらないよ。

 そしてこのお話を最後に暫くは黙るよ。

 えっ、黙っていないくせに?

 今度は本当に口を閉じるよ。

 危険な時だけ、声をあげよう。

 まぁ話しかけてくれたら喋っちゃうけど。


 さて、神のお話だ。

 我らが地の底の神死者の宮の主ではない。

 我らが神は、この世の理を支える大神である。

 しかし、このオルタスには残されし古き神々も多くいる。

 我らが神は、この世を支える為に残られた。

 だが他の多くの神々は、忘れられ魔に近しく、いずれも怒りに支配されている。

 それ故、グリモアを与えられし主であっても、正しい交渉をせずに関わってはならない。

 そんな神々に、君が慈悲を乞うたとて、ままならぬ事は多い。

 否、ままならぬ事ばかりである。

 罪は犯した者が償わねばならぬからだ。

 しかし考えてみてほしい。

 君が恐ろしいと思う事にであったとしても、それはすべて終わりし事なのだ。つまりは当然不可避なのさ。)


 神罰、そういう話なのか?


(もしかしたらね。

 思うより人の世は脆いのさ。

 僕達グリモアが敢えて口出しをする。

 お喋りを始めるのは、人同士の争いではない。

 その事だけは覚えておいてね。)


 カーンが私を抱えたまま近づくと、皆、顔を上げて驚いたように口をあけた。

 そんな漁民達を面白そうに見据えると、カーンは飯屋は何処だと尋ねた。

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