第801話 挿話 黄昏まで遊ぼう ⑪

「御身が人でないのなら、始末せねばならぬのだが」


 それに彼女は笑うばかりだ。


「娘御や御尊父に、何か伝えることは?」


 彼女は否定の身振り。


 そして小さな囁きに似た何かが、スヴェンに届く。


『守..なら許さ....す..よ。

 宴を..すは、同じ...人....すため。

 罪...同..く断....る..探す。

 ...れる者..あり...く者、虚..宿......の柱。

 宴...は神の.....肉。

 ....食い.....不......者は、晩餐.....ば....。

 誠......は、夜.....に戻.....た。

 貴方は....を探しに参られると...しいわ。』


「..なんと?」


 彼女はゆっくりと頷き、彼の手にある箱を見た。


『夫...元へと....すわ。

 貴方も貴..だけの、神を..』


 ふっ、とレンティーヌから魂が去るのをスヴェンは感じた。

 目の前の姿から存在がかき消える。

 残るは何か?

 憎悪の塊のような何かが膨れるあがるのがわかった。


「御免」


 彼は一言告げると大鉞を振り上げた。

 微かな残滓であろうか、その面は微笑みを残したまま、輝くその軌跡を目で追った。


 ***


 焼くと小さな実が残った。

 それを手にし、スヴェンは小さく笑った。


 神を探せ。


 レンティーヌの意思か、それとも異形の言葉か。


 神を、己だけの神を探せ。


 誠に皮肉である。

 人間以外の何かに、神を探せと言われる。

 そこに悟りも啓示も無く。

 腸を零した女が言う、最後の言葉である。


 ふっと視界が広がるような心持ち。

 海風に吹かれ、女を焼いた灰が舞う中で。

 彼は視界が広がり、大きな世界の只中に立ち尽くす愚か者が見えた。


 悲壮悲嘆に沈むのは簡単だ。

 だが、彼にあるのは、苦しみを知らぬ子どもの頃の心持ちだ。

 異形の実を手に、彼は天を仰ぐ。

 雨混じりの重苦しい空だ。

 それでも何か息が楽になったような気がした。


 馬鹿のふりではない。

 己は馬鹿だ。


 女を焼いて笑うのだ。

 実に酷い。


 酷い世の中だ。

 だが、この酷く愚かしい場所は、人間が作り出しただけではない。

 証拠に、彼の手には神の投げ渡した愚かしさの元がある。

 そう人間以外の介入の痕跡である。

 この酷く醜い場所は、子どもの遊戯の場なのだ。

 世が遊技盤だというのなら、歩兵の駒を動かすは、人知及ばぬ子どもの手になる。

 そう、探さねばならない。

 原因を探しに行かねばならぬ。


 あぁ何かが蘇るのを感じる。

 そうだ。

 ひたひたとまとわりつく絶望が遠い。

 そうだ。

 死ぬも生きるも、全てを捧げる導が見えた。

 この世に孤独と絶望があるように、ひとつの灯りが見えたのだ。


「さて、どうする?」


 この緑の実こそが、ニルダヌスの言う死者復活の種である。

 嘘か真か死骸の中から炎にも焼かれず、瑞々しく鮮やかに息をつく。

 さて、どうするか。

 これを誰に渡そうか。

 秘匿するには己のような人間では太刀打ちできぬ悪辣なものだ。

 そう、魔の実だ。

 人間を堕落させ、魔物を呼び寄せる実である。

 妙薬と呼ぶには悍ましい結果をもたらし、子々孫々滅びるまで取り憑きそうな代物だ。

 では、誰に?


 人の王に渡すか?

 獣の王に渡すか?

 神の者に渡すか?


「あぁ、そうか」


 レンティーヌの言葉の意味を知る。


 神を探せ。


 彼は小箱と共に実を懐に入れた。

 そして空を見上げる。

 紫電が雲間を奔る冬空を。


 今日は、良い日和だ。


 スヴェンは大鉞を担ぎ、もう少し遊んでから帰る事にした。

 まだまだ、刃こぼれするほど使ってもいない。

 せめてレンティーヌの供養になる位には、遊ばねばならない。


 スヴェンは、にっこりと子どものように微笑むと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る