第167話 真偽の箱 ④

 話がそれた。

 私は通行手形をもっているので、出入りでとがめられる事は無いと思う。

 エリは、そもそもその人別を確かめに来た。

 そしてサーレルは、中央から送り込まれた粛清者の一人だ。

 粛清者と確認したわけではない。

 でもばばは確信した。

 彼が所持している手形の所為だ。

 粛清者、中央政府からの使者は、特別な通行手形をもっている。

 私達下々まで知っている中央王国所属領土共通手形、所謂いわゆる、天下御免の王領手形だ。

 これは中央王国が発行する全国土の関所税、通行税等その他ありとあらゆる場所で支払わなければならない税が無料になる手形だ。

 ここで言う税は中央に支払う物ではなく、属する貴族領の収入の意だ。

 旅人や商人には夢のような通行手形である。

 ただし、この特権を得る者は、訪れる地にとっては悪夢の使者だ。

 この王領手形は王国領土であれば、何処にでもで過ごせるという特権も付与されていた。

 その意味は大きい。

 拡大解釈をすれば、どんな身分の人間と相対しても、武装解除はせずとも無礼に当たらないということだ。

 多くの王領手形は、軍事行動に際して発行される。

 それ故に、これもまた偽造は死罪。

 この手形の発行承認は、その時の軍部の最高責任者と公王(中央統一王国・国家の王)である。

 天下御免とは揶揄やゆではない。

 王国内での振る舞いの殆どが許される、本当の意味で死神の手形だ。

 停戦時期にこの手形をもって、貴族の領地を踏み荒らすのは粛清者の証である。

 そしてサーレルの懐から取り出されたのは、私がもっているような木札ではない。

 にっこりと笑顔で取り出された代物は、そんな悪魔の証拠である。

 それを目にした、兵士の口が真一文字に引き結ばれた。


 ***


 王領手形の偽造は死罪。

 盗めば両手切断の上、野晒しの磔刑たっけい

 盗まれた者も死罪という代物だ。

 その現物を見た事がある者などそうそういない。

 だから、サーレルの取り出した代物が何であるかを知っているのは、やはり、それが本物であるかどうかを知る関の門番や貴族になる。

 私の場合は、手形をと言われて出したからこそ、それが王領手形であろうと思っただけである。

 私達民草の使う焼印の押された木札と領地の発行証明の銅板などという、簡単な品ではなかった。


「さて、この手形は、私の身分と行動を保証する品です。

 国主である公王陛下がお認めになり、軍部統括より貸し出されている品です。

 通称名は王国領土共通手形といいます。

 では守備の方、箱をこちらに」


 領主兵へとサーレルは命じた。

 命じられた方も何ら反駁はんばくもせずに、門扉もんぴの脇にある建物へと姿を消した。

 他の兵士たちも、出入りの人々の調べの手を止めて見ている。

 確かに、サーレルの軍馬とその装いを見て、商人や旅人などと思う者はいないだろう。

 改めて自分の感覚が鈍っているとわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る