第181話 信じずとも ②

 赤い。

 駄目だ。

 首を振る。


「飲めぬか?」


 それにエリが私の袖を引く。

 匂いを嗅ぎたいのだろう。


「水差しをとりにお側に寄っても良いでしょうか?」


 それにラースが水差しを取り、小卓にのせる。

 エリが顔を差し出すのを止めて、手でそっと水差しの上を扇ぐ。

 赤い色がエリにかからぬ程度にそよがせる。

 エリが鼻に皺を寄せた。

 そして私を見て頷く。


「飲めるか?」


 ラースの問いに、エリが首を振る。


「飲めません」


 重ねて私が言うと、侯爵が息を深く吐いた。


「飲めぬか、では、これは如何か?」


 次に寝台の側、少箪笥たんすから小瓶を数個、ラースが取り出した。

 それが小卓の上に並べられる。

 それぞれ蓋が外され、中身がさらされる。

 再び顔を寄せようとするエリの顔をおさえた。

 一つだけ、とんでもない赤い毒々しい色の瓶がある。

 あんな代物は、嗅いでも側に顔を近づけてもいけない。

 それはエリにも直ぐにわかったのか、私の後ろに回ると顔を背中に押し付けてくる。


「どれが飲めない?」


 青白かった侯爵の顔に血の気が戻っている。

 深い紺色の瞳が爛々と輝いていた。

 私はその濁った赤色の瓶を指さした。


「どうしてわかる?」


 私が答える前に、エリが背から顔を出すと自分の鼻に指をさす。


「汝もか?」


 人に見えぬ物が見える。

 とは言い難く、言葉を探す。

 侯爵は視線を鋭くした。


「わかるのだな?」


 その問いには、頷くしかなかった。


「その小瓶の中身は?」

「水差しの中は、ただの水だ。

 だが、この子らが示した瓶は毒だ。

 いよいよ耐えられぬ時にと、薬師に作らせた。

 ラース水差しを」


 侯爵は銀の杯を取り出すと、ラースに水を注がせる。

 それをサーレルに差し出した。


「特に変色はしていませんね。

 水です。

 色も匂いもない。

 失礼して、私の所持している薬をいれても?」


 侯爵の了承を得て、サーレルは身につけていた小物入れから、小さな包を取り出した。


「無味無臭の有名所ですと、この薬に反応して色が出ます」


 紙に包まれた粉薬が、水に落とされる。


 皆が見守る中、水の色は変わらなかった。


 しかし、私には依然として毒々しい赤が溢れ、水の中で踊っている。


「毒だと、汝らは思うのだな」


 侯爵に念を押されて、困惑する。

 病苦が、この赤いモノの所為なのか?

 毒なのか?

 問われても正直わからない。

 悪いモノだとはわかる。

 だが、これが何をもたらすのかは、わからない。

 宮の中で見たモノと同じかさえも。

 ただ、赤い色でも、これは憎悪や怨念を含む赤い色だと

 そして気配。

 私に教えようとする気配を感じ、慌てて口を開く。

 前に。


「飲んではいけないとわかるのです。

 毒かどうかはわかりません。

 でも、口にしてはいけないとわかるのです」


 悲鳴じみた逃げ口上だ。

 が与えようとする知識から逃げる為の。

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