第182話 死にあらず

 侯爵は再び寝台に戻り、仰臥ぎょうがし空を睨んだ。

 ラースは私達を椅子に促し、座らせる。

 暫し、無言の時が流れた。

 そういえば、直答を許される身でもなく無礼ばかりをはたらいている。と、ぼんやりと思う。

 見えてしまったこと、聞こえてしまいそうな言葉に焦っていたのだ。


「この子は辺境伯の地から、私が連れ出してきた者です。

 身元も辺境伯の人別に記され確か、それにこちらのトゥーラアモンの地とは無縁の者です。

 私が保証しましょう。

 嘘を言うにも利はありません。

 そしてそこな子供もです。

 おわかりですね?

 そして私も、ここの地の楽しい出来事とは無縁です。

 これもおわかりですね?」


 それに侯爵は興味もなさげに片手を振った。


「では、相応にもてなしていただきましょう。

 私がここに滞在する間、この二人にも同じく相応しい饗しをね。

 ご理解いただけますかな?」


「ラース、特に子供らに不自由の無いようはからえ。

 子らを第一にな。

 我と同じと思い尽くせ」


 それに肯定を返すも、ラースは不安と心配の視線を侯爵に向ける。


「ならば、ここに滞在の間は、二人に何が楽しいのか、何か美味しいものがあるのか、見てもらいましょう」


 やけに明るい口調で、サーレルは言った。


「お城の中で冒険ですよ」


 侯爵は重々しく頷いた。

 私とエリの主張を信じるというよりも、わらをもつかむ気持ちなのだ。


「ラース、この城は色々と見応えがあろう。

 使者殿と連れを隅々まで案内するのだ。」


 エリは、そんな侯爵をじっと見つめ続けていた。


 ***


 の為には、近くにいる事が重要。

 と、ばかりに侯爵の寝室に近い部屋に通される。

 三人で一部屋、中は大小二つの寝室にわかれていた。

 これもの為には必要で、寝室の扉は開け放たれ、実質一部屋に押し込められた。

 には命の危険があるからだ。


「侍女、侍従、使用人をこの部屋に入れる事はありません。

 私か私の部下で顔を教えた者以外もです。

 使者殿の権限で、見知らぬ者が側に寄るような事があれば、ご髄に処理をおまかせします」

「お心遣い侯爵殿へ感謝をお伝え下さい。まぁ元よりそのつもりですけれどね。ほら、二人は暖炉の側に座っていなさい」


 侯爵の私兵が部屋に必ず付き、出歩く時も随行する。

 その私兵を呼び寄せ、顔を見せるまでの間、ラースが状況を語る。

 エリと私は、落ち着かない気分のまま、火を入れた暖炉の側に座った。

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