第467話 挿話 夜の遁走曲(下)⑧

「今更の話だが、ロットベインはやはり狂人だったのか?」

「かもな。東部貴族派どもは、都合の悪い事は平気でなかったことにする。

 この法度もだ。だが、無視はできない。

 なにせ自称しても無駄だしな。

 政治闘争で土地を奪い支配下に置いても、民も多くの他の領主も大貴族という名称では呼びはしない。

 王になるのとは違う。

 大貴族とは、名誉ある呼び名にすぎない。子供でも知ってるお話だ。」

「権利と義務を果たす者であり、貴族の中の貴族、か?」

「そうだ。

 こればかりは金では買えない。

 今まで、その席に座っていた者が誰だか知っているだろう、兄弟」

「宰相職の者や、中央との政治折衝に尽力した人物。

 それに浄化施設建設を行った偉人と呼ぶべき者。

 王家係累も多いか」

「偉大な人と目されるか、戦争で功績のあった者。

 王家の血筋で、莫大な資産により土地を開拓し続けた者。

 つまり目に見えぬ民衆の支持や、多くの勢力の一致した推薦が得られた人物だ。

 当時、すでにカーンは中央軍で出世をしていた。

 戦功実績ありでな。

 第八での筆頭百人、武技だけでそこまで出世した後、群島国家との占領地奪回戦による昇進で上級軍団長まで昇った。

 元老院議員の席も用意されていたな。

 相続していた土地の復興、統治の実績も評判が良かった。

 糞な親族を殺して回ったが、あれも別に復讐でも何でもなかったか。

 結構前からバルナバスの勢力が暗躍してたんだろう。

 まして荒れ地とはいえ水源地込の広大な土地が報奨で増え続けていた。」


 当時を思い出したモルダレオは、うんざりとした顔で言った。


「結局、中央出仕は兵役で回避していたな。

 バルナバスは軍閥の中でも報奨だけは約束通り支払っていた。

 カーンの望まぬ出世と財産は、結局、奴が考えた通り増え続けた。

 勿論、それだけの事をしたからだがな。

 働いた分だけ支払う。

 あたり前の事だが、それができる奴が当時は少なかったのもある。

 だから、バルナバスがどんな糞な男でも、ほぼ兵士の支持率だけは何時も満点だ。」

「今までの獣王の中では、一番、俺は好きだが?」

「俺もだが、個人的には近寄りたくない。」


 そのモルダレオの意見には同意するのか、エンリケは頷いた。


「まぁな。

 で、何処かで聞いた話だと思わないか?

 無理矢理でも軍に入れて、派手な戦地へ行かせる。

 周りは同じ氏族や派閥で固めてだ。

 違いは、当人の能力と覚悟か?」

「カーンは身売りした傭兵から転身して後、第八軍へと引っこ抜かれた。

 後援は受けていたが、軍内部の昇進も何もかも、己の実力だ。

 我々も、零落した部族を引き上げるべく彼に付き従った。

 他の者もそれぞれの事情があって、カーンの持つ力に賭けた。

 仲良し小好しの貴族のガキの集まりではない。

 それに浄化作業をあれらができると思うか?

 戦場で仲間を見捨てて遁走するような屑ができるか?」

「できるんじゃないか?

 自分たち以外は塵だとおもっている、殺したって何も感じんだろう。

 だから予想外に腐土で恐ろしい目にあったと逃げだせたんだ。

 第八を名乗りながら逃げた。

 実はな、バーレイより奴らが俺は嫌いなんだよ。

 殺したいと時々思うんだ、兄弟。」


 笑顔でエンリケはいい切った。


 

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