第468話 挿話 夜の遁走曲(下)⑨

「バーレイは知らぬ立場であったと嘘をついた。

 だが、娘と孫を逃したかった気持ちも、わからないではない。

 愚かだが、わからないではない。

 奴も憎まれている自覚ある。

 嫌な言い方だがな、憎まれ役を全うしている。

 俺達も安心して嫌える訳だ。

 だが東の奴らは、状況を同じくすれば、カーンの与えられた立場や権利を、簡単に得られると考えている。

 東の貴族が団長の席にねじ込まれたのは、その考えの証明だ。

 おかげで伝統ある第八は終わるがな。

 俺達の苦しみなぞ、知らぬという事だ。

 遠因はお前たちの欲深さだというのにだ。

 今になって憎む相手から、バーレイが零れ落ちそうだ。

 直接手を下していないのは同じだが、あまりにも図々しい上に、腐土で死んだのは俺達の元の仲間だ。」


 滔々と笑顔で喋ったエンリケの肩に、モルダレオは手を置いた。


「俺も鈍っていたようだ。」

「あぁ、すまん兄弟、話がそれたな。

 つまりロッドベインは浅はかで、脳みそがなかったという訳だ。

 カーンが相応しくないに見えたんだろう。

 これ以上実績が積み上がる前に、失脚させようとな。

 いや、そう唆されたのか?

 貴族でもない私生児が、なぜ血統正しき東の貴族を差し置いて、とな」

「氏素性もわからぬ…冗談か?」

「まぁ当時は冗談が通じていた」

「やりきれない」

「だから言ったろう、兄弟。

 欲しければやると、カーンは心底思っていた。

 出世したのは義務を果たした後の副産物よ。

 我らが王は、真の王なのさ。

 そしてこのロッドベインの愚行のおかげで、なりたくもない大貴族にカーンはなった。

 カーンの考えは理解できる。

 だが、ロッドベインが何を考えていたのか、未だに俺にはわからない。」

「背後の東部貴族派の差金じゃないのか?」

「カーンの失脚を願っての武装蜂起?

 安っぽい正義感から、善政を敷くべく民衆の解放?」

「勘弁してくれ、その民衆を殺した挙げ句、疫病を発生させているんだぞ」

「だから理解できないんだよ、兄弟。

 仮の統治者を殺害するという目的達成後に、政治的声明を出さなかった。

 秩序回復も行わず、略奪と民衆虐殺に走る過程も意味がわからない。

 何を目標としていたのかも不明だ。

 仮に、疫病が発生しなかったとしても何がしたかったのか、俺には皆目検討もつかん。」


 暫し二人は本題から外れ、考え込んだ。


「何年ぶりだ、この手の話は」

「第八から離れて以来だな」

「お互いに避けていたからな」

「考えるも感じるも止めていた。ミルドレッドに居たとはな。縮図のようではないか」

「他の仲間の考えも聞いていなかったな…」

「奉仕に回った者は皆、カーンが命じぬ限りは不干渉だ。

 それに兄弟モルダレオは、怒りが深かろうと元から奉仕に加えぬと来る前に話し合った。言わなかった事は謝ろう」


 それにモルダレオは頭を振り、苦笑いを浮かべた。

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