第13話 因習

 風雨に削り取られた岩盤が黒々と続いている。

 壁は両端が雪のためかおぼろに霞んで見えない。

 高さはそれほど無いが、空を切り取り、隔絶した雰囲気を醸し出していた。

 この穴の周辺には木々が無い。

 サラサラと流れる雪の音だけだ。


 一度、来たことがある。

 黄金色の毛並みをした鹿を追って、夏の頃に。

 真昼の月と獲物の鹿と、やはり今日のように、風の音だけがした。

 村の狩人には、神を祀る責任がある。

 恩恵を得る者として、毎年、夏の終わりに森に入る。


 そうしてこの竪穴、忌み地にて供物を捧げるのだ。


 毎夏訪れる渡り神官と共に、神に供物を捧げる。

 供物は肉と酒、その年に生まれた子供の髪の毛だ。

 彼らは祈りと供物を捧げ終えると、北の山にある小屋、神の家へと入る。

 神事であるが、穢た土地に入ったので、村には直接帰らずみそぎをそこで行うのだ。

 これを破るとどうなるか?

 婆の話だと、疫病が蔓延るなどの災厄が降るそうだ。

 だから忌み地にはいることや、罰当たりな行い、縁起の悪い事はしてはならない。

 これには、女が祭祀に関わることも含まれる。

 この汚れた不浄の土地に、女があってはならない。

 森を知る、ここに生きる者の不文律だ。

 だが、それも例外はある。

 私が村に暮らさず、森に在る理由と同じだ。

 生業なりわいとして狩人になり、女なのに森に在る。

 孤独と、時折訪れる虚しさも、森が始まりだ。


 森に捨てられていた赤子が、私だ。


 冬の森に捨てられていた赤子。

 森にあってもよいと許された者。

 だが、鷹の爺も村の者も、森に入るは許せても、この儀式の穴に来る事は望んでいない。

 森の子だとしてもだ。

 だが、選択肢はなかった。

 余所者を案内する者が他にいない、できないのだ。

 とうとうここに来てしまったかと、自分への罰を恐れるよりも、村に災難が降りかからぬかと迷う。

 だが、迷い岩棚を見上げていると、後ろから小突かれた。

 頭目が早く行けと促す。

 まぁ、この手の罰当たりな余所者には、ここに漂う不穏な気配など感じられる訳もない。その鈍感さが羨ましい。


 草木も生えず生き物も寄り付かぬ場所。

 忌み地の儀式場である穴は、だてに恐れられているわけではない。

 人は因習に囚われてと納得できるが、野生の生き物も寄り付かず、自然の草木さえも辺り一帯生えぬのだ。


 振り返り、立派な体躯の馬を見る。

 軍馬だからか、怯える様子もなく従順に歩いていた。


 村の馬は荷物を運ぶことができなかった。

 穴に怯えて動かなくなるので、儀式を行う時は、人力で物を運んでいる。

 まぁ実際は、穴の近くに肉食の獣がいたのかもしれないが。


 毎年の祭祀に試すことはしていないが、決まりだから誰も疑わない。

 爺たちが先行していたなら、連れの騎馬も、問題なく穴に入れただろうか。

 伝統は、何処までが迷信であるかわからないものだ。

 いや、迷信であって欲しいのかな。

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