第416話 木の葉の船 ⑧
「時間はありますから、ゆっくりと選ぶんですよ。」
古着でいいと申し立てるも却下される。
見習いと言えど、そこは注意するように言われた。
店の方も古着を売りつけた等と言われたくない。
質素倹約を旨としても、それは華美を戒めるものだ。
相応しい装いは悪い事ではない。
むしろきちんとした装いができる事も大切だ。
と、色々言いくるめられる。
今回の買い物は、巫女の経費が使われる。
掛け売りでクリシィの元へと請求が行くと思うと、気がきではない。
採寸を終えると、色見本を渡され生地を選ばされ、と、服の型が載った台帳が広げられる。
しかし、こちらは獣皮を纏う狩人だ。
まったくの門外漢である。
お任せしますが、お安いものでと念を押す。
すると店主の気炎が上がった。
何か言ってはならなぬ事を言ったのだろうか?
見本で作り置いた服を数枚譲ると言われ、その代わりに外套は凝った物を作りましょうと提案される。
なにかおかしい。
それでは店主が損をしている気がする。
私の逡巡なぞおかまいなく話はすすみ、ニルダヌスの方でしっかりとした外套は東では必須と支払いのやり取りをすませてしまった。
見せて貰えぬ請求書は、彼の懐に吸い込まれて笑顔で生地を選びなさいと言われてしまう。
再び、わからぬのでおまかせでと言うと、外套の名前代わりの裏刺繍を選ぶようにと言われた。
分厚い刺繍の本を渡される。
好きか嫌いかで選べばいいだけらしい。
作法や色合いなどは考慮しなくていいのなら、と、さすがの私も選ぶことができそうだ。
この刺繍見本も素晴らしい装丁の本である。
布張りの本を開き、不思議で美しい模様を見る。
(素晴らしい技術だね。
色々な地方の言葉や儀式に通じる形が見える。
長い年月をもって伝えられた技術は、それ自体が知識の宝庫だ。
織物、刺繍、陶器、そう人形師などの手仕事の全て、民族音楽や舞踏もそうだ。
これらは人の歴史と文化、知識の集合体だ。
人の手を介して受け継がれる物は大切にしてほしいものだ。)
このお喋りは誰の声だろう。
(すまなかったね、好きに選ぶといい。
君の好きな物が知りたいな。
僕達は、意外かもしれないけれど君が好きだよ。
だから、君に話しかけるのさ。
ほら、警戒する君。
ボルネフェルトの魂を惑わせた言葉と同じに思うかい?
苦しみを取り除くに見せかけた優しい言葉。
僕がそんな言葉に騙されたと思う?
違うんだよ。
グリモアは常に凍りついた真実を囁いた。
僕は泥に沈みながら、ずっと聞いていた。
罪を犯すのは、僕自身の憎しみ故だったし、唆されたからではない。
そして囚われていたのもだ。
だから悍ましい所業の末に逝く道を、君が歩むことはないんだ。
君と僕達は違う。
なぜなら、君に憎しみはあるかい?
そんな物は欠片もない。
悲しみはあるだろう。
喪失感や諦めは知っているだろう。
けれど焼け付くような憎しみや、相手を苦しめてやろうという憎悪はない。
知らなくていいのさ。
だから、僕達は君が好きだよ。
綺麗な僕達のお姫様。
可哀想なお姫様。
さぁ君の好きな物を選んでよ。
僕達は君を知りたいんだ。
僕達とは違う君の選ぶ答えが知りたいんだよ。)
「あら、その刺繍がよろしいのですか?
紺地に可愛らしい花模様ですね。
あぁ、そうそう。
公王陛下の妹姫様も、お好きだった紋様ですよ。
これなら巫女様の裏地模様にも相応しい物です。
裏地模様だけでなく、袖や襟の縁飾りにもいたしましょう。
あぁ小さな巫女様に神の光が降り注ぐように、心を込めて作らせていただきますね。」
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