第746話 俺は変わったか? ⑲

 カーンの言い分に、バットは表情を歪めた。

 そして私を見、指をさして言う。


「そもそもおかしな話なんですよ。

 巫女見習いとしても、身元不明の者がどうして貴方と行動しているんです?

 なぜ、ここに来たんです?

 馬鹿でも分かりますよ、俺達を騙せると思ったんですか?

 確かに神殿関係者かもしれない。

 封印を開くことはできましたしね。

 だが、先に送った時は、そんな代物じゃぁなかった。

 これを開こうと我々も弄り回したんですがね、さっきみたいな事は起きなかった。

 じゃぁ原因は彼女でしょう?」


 そうなのか?


「仕掛けてきたのは貴方の方だ、カーン。

 先ほどもわざとじゃないんですか?

 巫女見習いなんぞと言っていますが、原因を捏造したかったんじゃないんですか?

 そもそも誰なんです?

 神殿に問い合わせても、返答がないんですよね」


 私が、原因?


「違う、お前の所為じゃねぇ!

 バット、黙ってろ、殺られたくなけりゃぁ、その無駄な口を閉じてろ」


 ここで本当の怒りの気配を感じた。

 今日一番の怒りの感情が伝わってくる。


「..何でもかんでも自分の所為だなんて思うなよ。

 いいか、よく聞けよ。

 お前も馬鹿の言葉を聞くんじゃねぇぞ、否定すんなっ!」


 ビリビリと辺りが震えるほどの大声でカーンが言った。


「悪い事が起きれば、すべて自分の所為か?

 自惚れんじゃねぇぞ、こら!

 この世の中はな、そういうお人好しな考えの奴を餌食にする人間ばっかりなんだ。

 お前の眼の前にも、その肥溜め野郎が見えるだろう?

 その点に関しちゃぁ俺も含めてだ。

 わかるか?

 お前という存在は、思うよりずっとずっと、正しいんだ。

 お前が思っているよりも、お前は十分にこの世の中で正しい部分を担っている。

 分からねぇかも知れねぇが、塵みたいな考え方をする人間が俺達だとすれば、お前は十分に真っ当な人間だ。

 人間として上等なんだ。

 自惚れろってんじゃない。

 卑下するなって事だ。

 誰かを下に見ろって言ってる訳じゃないのも、お前ならわかるはずだ。

 だがな、そんな人間は俺達からすると、獲物なんだよ。

 俺がこんなにベラベラ喋ってるのはよ。

 お前に世話になったからだ。

 お前が思うより、俺はお前の正しさに救われているんだ。

 だからよ、聞けよ?

 何の落ち度もなくったってな、先に謝った奴を悪者にする図太い奴らばっかりなんだ。

 お前の優しさや人間の美徳とされる慎ましさなんぞ、塵どもには弱みにしか見えねぇんだよ」


 カーンは私を睨んだ。


「いいか、勘違いするんじゃねぇ。

 本当に間違った事をしたんなら、謝ったっていいんだ。

 だがな、欠片も否がない者が譲歩するのは、相手を馬鹿にするって事も同じだ。

 よく思い出せ。

 この箱は封印されていた。

 つまり開けんじゃねぇよって戻されたんだよ。

 少なくとも、こいつらは開けちゃならねぇって知っていやがった。

 繰り返すが、こいつらも俺も、お前を酷い目にあわせたんだ。

 さぁ思い出せよ、この箱を開けたのは、誰だ?」


 カーンは頷いてから、次に小馬鹿にしたようにバットを見た。


「覚悟しとけよ、バットルーガン。

 お前は巫女を試した。

 神の使いを試したんだ。

 これ以降、お慈悲が与えられると思うなよ。」


「怒る話ですか、これくらいで」


 それにカーンは、徐々に笑いを浮かべた。

 いつものニヤニヤとした、底に怒りの溜まった笑いだ。


「このくらいでか?

 お前達が本当は何を考えていたのか、俺がわからないと思ったか?

 面倒クセェから言わないでおくかと思ったが、能無しはどこまでも使えねぇなぁ、おい」


 笑顔。

 牙が唇にひっかかり、笑って見えるような表情。

 決して笑ってはいない。


「俺が変わったかと思ったか?

 俺が保身を選ぶ、弱腰の屑になったと思ったか?

 残念だったな、生憎、俺はいつも通りだ。

 お前らに情をかけてたんじゃねぇ、世話になった奴らの為にガラにもねぇ事をしただけだ。

 だが、それも終わりだ。

 俺は、こいつのように気遣いなんぞ、元から質じゃねぇんだよ。

 あぁ今日は無駄に喋っちまったぜ。

 これ以上、お前らの為には動かねぇ、邪魔するなら殺す。

 警告は今回だけだ。」


「わかっているよ、カーン。貴様はいつも通りだ。我々も理解している。」


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