第361話 幕間 禁忌の扉 ②
だから、ジェレマイアが隠した者は、さぞかし秘密や嘘偽りを抱えているだろうと思った。
返る生真面目な声も、ふつうの子供だ。
けれど人の醜さは、幼かろうと残酷無慈悲に育つのだ。
コンスタンツェはいつもどおり、嘘つきを覗き見ようと遠慮なく差し出された手を握った。
多少痛んだところで、死にはしまい。
死んだところで、金目当てのさもしい者かボルネフェルトに何かを仕込まれた罪の種だ。
むしろ間違って殺してしまったと言えば、祭司長はどんな顔をするだろう。
罰する事のできない相手に、お慈悲とやらで説教で済ませるのだろうか?
頭を掴みたいが、時間もない。
添えられた手を握ると、一息に圧力をかける。
だが、己の中の暗い水面には、さざなみひとつ浮かばない。
読み取る力は流れている。
だが、子供を素通りしているかのように手応えがなかった。
(おかしい)
そこで記憶を覗くのではなく、表層の感情を捉えようとした。
すると文字が見えた。
水面に、見たこともない文字が並ぶ。
水面という彼自身がつくりだした心象風景に、知らない文字が浮かぶというのは妙である。
だが、それは文字であるとわかる。
文字は遊技盤の駒のように、形を変えては移動する。
あっという間に、水面すべてが異形の文字で埋め尽くされた。
音を立てて文字が配列を変え組み上がる。
やがてそれは大小の円になり、回転を始めた。
彼の意識の一部は、今繋がり合っている相手から、手を放せと叫ぶ。
しかし彼は、目の前の不思議に心奪われて、手を放してはならないと思う。
何しろ、彼が今まで知る事ができなかった、色、光り、形が見えた。
自分にも見えた、と、思ったからだ。
だから絶対に手放したくなかった。
何故なら、
コンスタンツェには、目が無い。
盲目ではない。
在るべき眼球も眼孔も無いのだ。
実母は、彼を恥じた。
実父は、興味を失った。
公王は、当初、処分相当と考えた。
彼を庇い、愛する者などいなかった。
いや、他人である使用人や、状況を知った叔父は手を差し伸べてくれた。確かに人によっては愛は誠である。
だが実の親には愛の欠片もない。
この力が無ければ処分されていた。と、コンスタンツェは知っている。
だからこそ、見えている。
と、感じる何かが素晴らしく思えた。
例え次の瞬間に、昏倒するほどの激痛が奔ったとしてもだ。
そうして問うた
手を差し伸べる男の問いに、人とは何かを。
生きるとは何かを。
***
『オジサンの子孫だね。色んな血筋が混じっているけど、そっくりだねぇ』
『..似てはおらぬ』
『獣人以外を混ぜたのは、誰だろうね』
『託宣をせねばならぬな』
『でもこれで、彼は扉になった』
『いらぬ騒ぎを起こさねばよいが』
『まぁ起きるよねぇ、ふふふ、飽きてきたからちょうどいいよ』
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