第322話 困惑に混じるもの ③

 驚きだ。

 どうして近寄るまで気が付かなかった?

 座る気配に、不味い薬を飲みながら目をあげる。

 豪華な衣装だ。

 純白の絹衣装に、目が覚めるような青い色の帯。

 縫い取りは金糸だ。

 彼に従うは神殿兵の中でも、特に重装備の神殿騎士だ。

 誰がどう見ても、高位の神官だ。

 尊顔は、これぞ長命種であると言わんばかりに美しい。

 その審問者の登場に驚いた、わけではない。

 唐突に現れた気配そのものに慄いたのだ。

 目の前に相容れない物同士が居座っている。

 身を内側から光り輝かせる神気、神々しい気配。

 その魂を呪い絞め殺そうとする、どす黒い邪気だ。

 私は薬を飲み干しながら、目の前の異様な気配に慄いた。

 おかげで生臭い味も少し鈍る。

 もちろん忘れ去ることは無理なので、半泣きで全てを腹におさめた。


「水をください」


 吐く前に。

 と、付け加えずとも、お茶が差し出された。

 当然、受け取ろうとするが、やはり腕が震えて持ち上がらなかった。

 眉をしかめてお茶の椀を見ていると、カーンが代わりに受け取る。

 そして再び介助を受けて、私はお茶をありがたく頂いた。

 とても居心地が悪い。

 神官は沈黙したまま、私を凝視している。

 そしてお茶を手渡したイグナシオは相変わらずピリピリしていた。が、これも又無言。

 神殿騎士は彫像のように控え、風だけが吹き抜ける。

 この場だけが静かだ。

 わかっている。

 異質な私を確認しに来たのだ。

 サーレルにしろ、アイヒベルガーの親子にしろ、私が異質であると報告しただろう。

 異端審問、か。

 それがどのようなものであっても、恐ろしい事に違いない。

 違いないが、責め苦を想像して恐ろしいのではない。

 何かが身に降り掛かった時、私の中の者共が何をするかが、怖いのだ。

 それが、とても怖い。

 鈍い頭痛と息苦しさ、それだけではない心の奥に居座る不安。

 口の中が落ち着く頃、私は疲れ果てていた。

 何も問われはしていない。

 ただ、静かに座っていただけだ。

 全てがどうにでもよくなるような疲労感。

 目の前の神官が嫌だった。

 身の内から溢れる神々しさは、その身にまとわりつく邪気を押し返し続けている。

 何の意味があってそのような姿なのかはわからない。

 身のうちに巣を喰う者どもは沈黙している。

 私でもわかる事。

 この神官は、邪気を押しのける力がある。

 神官として、神の力を得ている。

 私とは違い、正しい場所に生きているのだ。

 光り輝く場所から見れば、私はきっと薄汚れているだろう。

 きっと思ったはずだ。


 なぜ、お前はここにいる?

 異端である醜い本性を隠しているのか?と。


 弁明は無理だと思った。

 なぜなら、その問いかけは正しいからだ。


 私は力に譲歩した。

 今となっては死者や異形にさえ近しい。

 むしろ人が怖かった。

 だからと、人やこの世を拒絶するほどの強さはない。

 異形に成り果て、他人を傷つけたくない。

 だが、末路がボルネフェルト公爵と同じならば何れ。

 何れ、誰かを殺すのだ。

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